外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2026年8月31日(月)

デュポン・サークル便り(8月31日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンはしばらく、秋を感じさせる気持ちの良いお天気が続いていましたが、今週はずっと、残暑が厳しい1週間になりそうです。ネパールと中国の国境の大洪水のニュースでショックを受けていたら、日本も福井県付近が史上最悪の局地的大雨で大変なことになっているようですね。日本の皆様、いかがお過ごしでしょうか。

アメリカは、この1週間、議会が夏休み中ということもありますが、内政よりも外交、具体的には「トランプ大統領、完全にイラン情勢で詰んじゃったよね」という感じの雰囲気が定着して、徐々に閉塞感が強くなってきました。そんな空気を打破することを目指してか、大統領は「経済版D-Day」なる構想をぶち上げてみたものの、実際にどんな措置がどのタイミングで発動されるかなどの全容は相変わらずぼんやりしたまま。この状況について知り合いのワシントン・ポスト紙記者は、数日前にCNNのインタビュー番組で「アメリカが第二次世界大戦時のD-Dayの際に今のような言行不一致を見せていたら、俺たち今頃みんなドイツ語を喋ってる」と、トランプ政権を痛烈に批判していました・・・

さらに、イラン情勢で詰んでしまった苛立ちもあるのでしょうか、先週はなんと私が記憶する限りで史上初の「米加通商戦争」が勃発。最大関税率50%をお互いに掛け合うという、不毛な戦いに発展しつつあります。それだけでなく、両国の間に横たわる五大湖のうちの一つ、オンタリオ湖を「アメリカ湖に改名する!」と突然宣言したトランプ大統領。ですが、そんな一方的な宣言で湖名が正式に変えられる訳もなく・・・・アメリカン・フットボール・ファンの間では、このトランプ大統領の発表をおちょくって「『(マイアミのNFLチームの)ドルフィンズなんてサイテー湖』にすれば?」とか、ナイアガラの滝を挟みカナダとの間に三つも橋が架かっているため、ほとんどカナダと一心同体のNY州バッファローのNFLチーム・ビルズ(私の推しチームでもあります)の司令塔の名前に引っかけて「『ジョシュ・アレン湖』でいいんじゃない?」などのミームがSNSで爆速拡散しています。

支離滅裂な暴走を続けるトランプ政権を、少なくとも中間選挙までは、もはや呆然と傍観することしかできない我々。そんな中、先週はアメリカの心が一つにまとまる数少ない出来事がありました。8月25日に、名実ともに「カントリー・ミュージックの女帝」ドリー・パートンさんが80歳の生涯に幕を閉じたのです。

ドリー・パートンさんは、テネシー州で貧しい家庭に12人兄弟(!)の4番目として誕生。13歳でデビューしてから、当時主役を張っているのはほぼ100%男性で、女性は添え物程度にしか扱われていなかったカントリー・ミュージック界で、歌手として、ソングライターとして、そして1980年代には女優としても第一線を走り続けた彼女。いつでも化粧はばっちり、ピッチピチのお洋服にハイヒール、ブロンドの巻き髪・・・というお人形さんのような「出で立ち」で登場していた彼女。数年前には、テキサス州ダラスを本拠地にするNFLチーム、ダラス・カウボーイズの試合のハーフタイム・ショーで、御年77歳にもかかわらず、なんとカウボーイズのチアリーダーの衣装をまとって登場。往年のヒット曲数曲を、とても後期高齢者とは思えない声のハリで歌い上げ、観客の度肝を抜きました。ご自分の体形や、お年を召されてからの美容整形について突っ込まれても「だって、しわくちゃな自分の顔見ると、気分が暗くなるもの!顔のハリを取り戻して気持ちがハッピーになるならそりゃ、しわ伸ばしするに決まってるでしょ!」と、整形していることを一切隠さず笑い飛ばしていました。一方、かつて自分が作詞作曲した曲をあのエルビス・プレスリーに提供する機会が巡ってきた時、「歌の著作権を譲れ」とのプレスリー側の要求を拒否したという逸話も。自分の才能と楽曲の価値に確固たる自信と誇りを持っていた人でもありました。「彼女がいたからこそ、今のテイラー・スウィフトの活躍がある」と振り返る音楽評論家は多いです。

また、何十年も連れ添ったご主人との間に実子に恵まれなかった彼女は、屈指の慈善家でもありました。自分の生育環境もあり、恵まれない子供たちが読書する機会を得る大切さを誰よりも認識していた彼女は、何十年と、全米の公立学校の図書館に何百万冊という本を寄贈。アメリカ国内で大災害があれば、「あしながおじさん」のように静かにドーンと巨額の寄付。実子を持つことを諦めた時に「神様に『あなたの役割は世界中の何百万人の子供たちのお母さんになること』と言われたんだと思ったの」という彼女の言葉は、不妊という重い事実すらポジティブに受け止めて人生を生きた彼女の姿勢を示す至言です。

こんなレジェンドが亡くなったということで、亡くなってから1週間が経とうとする今も、全米は追悼モード。彼女が亡くなってから、テレビをつければ80年代に彼女が女優としてデビューした映画や、彼女の姿を追ったドキュメンタリーの再放送が常にどこかのチャンネルで放映されています。政治家ではトランプ大統領からヒラリー・クリントン元国務長官まで、芸能界ではビヨンセからジェーン・フォンダまで、文字通り、各界の著名人も皆、次々にお悔やみのメッセージを自身のSNSで発信。彼女が最後まで活動していたテネシー州では、追悼コンサートはもちろん、カントリー・ミュージックの聖地であるナッシュビルの空港が「ドリー・パートン空港」に名称変更される見通しです。

「アメリカの演歌」という形容が一番ピッタリくるカントリー・ミュージック。政治的分断がますます厳しくなるアメリカで、そのカントリー・ミュージック界を代表する存在だったドリー・パートンさんの死去で国内がなんとなく一つにまとまる、というのも、アメリカらしい、といえばアメリカらしいのかもしれません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員