外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年7月26日(金)

デュポン・サークル便り(7月26日)

[ デュポン・サークル便り ]


蒸し暑かった1週間をなんとかやり過ごし、週末のワシントン近郊は、少し過ごしやすくなるようです。夏休みもいよいよ本番のアメリカですが、日本の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

さて、7月13日(土)のトランプ前大統領暗殺未遂事件以降、ほぼ3日に一度のペースで大事件が起こっている激動のアメリカ内政ですが、今週も引き続き賑やかです。

21日(日)夕方にバイデン大統領が「大統領選撤退宣言」をしたことは、前回、7月22日付の「デュポン・サークルだより」でお伝えしました。その後、ようやくコロナから回復したバイデン大統領は、7月25日(水)夜、大統領執務室から国民向けの演説を行い、10分少々の短い演説ではありましたが、「アメリカの民主主義を守ることは、一個人の野心よりも大事だ」などと語り、自分がなぜ大統領選を撤退する決心をしたかを語りました。この演説の直後にメディアにインタビューされた民主党議員の中には、感想を聞かれて答えている間に涙ぐむ人も多数。「高齢による大統領としての職務執行能力への不安」が6月27日の第1回大統領討論会後にあらわになり、党内で「バイデン降ろし」が加速してはいたものの、やはりバイデン大統領は「人として」同僚の民主党議員に敬愛されていた人だったのだ、ということを強く印象付けました。

今後ですが、「バイデン大統領撤退」→「ハリス副大統領に民主党大統領候補交代」と自動的に行かないということも併せてお伝えしましたが、実は、民主党内の諸手続きについては、党内で「ようやくバイデン大統領が自分から降りてくれた」という「ホッとした」感が一気に広がったこともあり意外とスムーズ。シカゴで8月19日から始まる予定の民主党党大会に向けて、ハリス副大統領をバイデン大統領に代わる正式な大統領候補に指名するためには、バーチャル代議員会議が8月7日までに招集され、そこで意思決定がされる必要がありますが、こちらも早ければ来週にも開催される見込みが大のようで、現在の焦点は、ハリス副大統領が自身の副大統領候補に誰を選ぶのか、になっています。

その副大統領候補ですが、2008年にオバマ氏が当時ベテラン上院議員だったバイデン氏を副大統領候補に選び、2020年にバイデン氏が自分にはない「若さ」と「女性」であり「有色人種」であるハリス上院議員(当時)を副大統領候補に選んだように、ハリス副大統領も彼女と相互補完性のある人物を選ぶ可能性が大きいと言われています。そんな中挙げられている名前は、ウィットマー・ミシガン州知事(白人女性)、プリツカ・イリノイ州知事(白人男性)、シャピロ・ペンシルベニア州知事(白人男性)、そして2020年大統領選予備選で一瞬「時の人」となった通称「ピート市長(Mayor Pete)」ことピート・ブティジェッチ運輸長官(白人男性、同性愛者であることを公言、パートナーと一緒に養子2人を育てているお父さん)まで様々です。

余談ですが、4月の岸田総理公式訪米の際に、国務省で開催されたハリス副大統領・ブリンケン国務長官共催の昼食会に、私もなんのご縁か招待を受けまして行ってきたのですが、着席前のレセプションになんと「ピート市長」が!2020年の予備選で、ひそかに彼を応援していた私は、ミーハー根性が抑えきれずついつい「Mr. Secretary!」と声をかけ、「2020年の予備選では応援してたんです。なので、閣僚として政権で活躍されていて、嬉しいです」「航空会社に厳しく出てくれてありがとうございます」などと話しかけてしまいました・・・「予備選で応援していた」と言った時、「え、そうなの?ありがとう!」とかなり嬉しそうだった「ピート市長」。実物は意外と小柄でしたが、一言で言えば「ナイスガイ」。まだまだ42才と若いので、これからの活躍を1ファンとして陰ながら応援したいと思います・・・

少々脱線してしまいましたが、バイデン大統領がハリス副大統領を実質的に後継候補として指名してからというもの、民主党支持者の間ではとにかくすごい盛り上がりようです。民主党大物議員が相次いでハリス副大統領支持を表明しているのはもちろん、ニューヨーク・タイムズ紙の論説にバイデン大統領に選挙戦撤退を促す趣旨の寄稿をしたジョージ・クルーニー氏を始め、多くのセレブが既にハリス副大統領支持を表明。通常は自分の曲がコマーシャルなどに使われるのをほとんど認めない黒人の超人気歌手のビヨンセさんが、ハリス副大統領が「フリーダム」という彼女の曲を選挙運動のテーマソングに使うことを許可し、大きな話題を呼びました。気の早い芸能ジャーナリストの間では、ビヨンセさんと同じく超ド級人気歌手のテイラー・スウィフトさんがハリス副大統領応援コンサートを一緒にやる、という根拠のない噂まで。

また、一般の有権者の間でも、1,2日前に彼女がノースカロライナ州ウィルミントンで集会を行った時は、予定をはるかに上回る参加者の申し込みがあり、多くても1000人行かないだろうという想定で用意されていた会場が、参加申し込みが3000人を超えたことで、直前で大きな会場に変更になったり、黒人男性が対象の電話会議に1万人以上が参加したり、と2008年にオバマ氏が大統領選を戦っていた時のフィーバーをほうふつとさせる盛り上がりです。これが一過性のものなのか、選挙までこの盛り上がりが続くのかはまだ何とも言えませんが、バイデン大統領が一生懸命再選活動していた時よりも、民主党支持層の間のエネルギーは明らかにパワーアップしています。

そんな中、「バイデンを叩きのめす」ことだけを考えて選挙戦略を練ってきたトランプ前大統領陣営は、当然ですが、選挙戦略を1から練り直さざるを得ない状態に。さらに、先週の共和党大会でバンス副大統領候補が、トランプ前大統領的には「あの野郎、俺より目立ちやがって」的な扱いになっていたことが判明。さらに、2021年のインタビューでバンス副大統領候補がハリス副大統領を「子なし女(childless cat←英語ではcat という言葉が女性の蔑称として使われることがあります)」と呼んだことが報じられ、実際の音声が拡散した結果、子供を授かることができず不妊治療で辛い思いをした人や、種々の理由で、実子を授かることをあきらめた女性の神経を真っ向から逆なで。人気女優のジェニファー・アニストンさんが「X(元ツイッター)」で「バンスさん、あなたのお嬢さんが大きくなった時に、不妊治療をせずにお子さんを授かることができることを祈ります。なぜなら、貴方たちは、あなたのお嬢さんが不妊治療を受けるという選択肢を取り上げようとしているのですから」と辛らつなツイートを出すなど、大失言となってしまいました。バンス副大統領候補のこの発言は「共和党が失うわけにはいかない票の多くが彼の発言で失われることになる」(某政治アナリスト)という評価で一致するほどの大失言。せっかく、先週の党大会で「団結」を掲げて、ポジティブな雰囲気で大会を終えたというのに、台無しになってしまいました。

さらに、第1回目の大統領候補討論会でバイデン大統領よりはるかによいパフォーマンスを見せてご満悦だったトランプ前大統領、2回目の討論会でハリス副大統領と「ガチ対決」するかどうかについて立場が揺れ始め、「ABCニュースは嫌だ、FOXニュースで討論会やりたい」などと態度を一変させました。

「トランプvsハリス」対決が実際に行われるかどうかも含め、まだまだアメリカ内政の混乱は続きそうです・・・・


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員