メディア掲載  外交・安全保障  2026.10.16

戦略なき米外交の迷走

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2026年10月15日付)に掲載

米州 国際政治

同盟国のことだから本当は書きにくいのだが、最近「驚くべき」どころか、「憂えるべき」国際ニュースが続いている。

今月9日、米露首脳は電話会談で「ロシアが30万トン超の軽油を供給すること」で合意した。11日には米大統領がロシア・ウクライナ「エネルギー停戦の合意成立」とSNSに投稿したが、ウクライナ側はこれを否定した。一方、中東では10、11の両日、サウジアラビアの首都リヤドの空港が攻撃され、米国人を含む十数人が死亡し、数百人が負傷したという。

ウクライナ情勢、そして地域の安定を米国が守ってきたはずの中東湾岸はなぜかくも不安定化するのか。専門家は一致してトランプ外交の「戦略欠如」を指摘するが、他にも理由はありそうだ。

◆理由〔1〕中間選挙の呪縛

油価高騰によるトランプ共和党の不人気は本物らしい。だが、そもそも30万トン程度の軽油供給にどれほどの意味があるのか。ロシアは本当にエネルギー施設攻撃をやめるのか。これら「情報」の目的は米中間選挙を前に「価格が下落する」期待を高めること。でも、これで米国の有権者がだまされるとは思えない。

◆理由〔2〕中東「力の真空」

トランプ中東外交は行き詰まっている。なぜサウジ首都の空港が攻撃されたのか。原因は今湾岸地域で拡大する「力の真空」だ。

「力の真空」とは「ある領域で権力が行使されない」状況のこと。中東湾岸地域で過去約半世紀の間、繰り返されてきた「力の真空による不安定化」が再び生じつつあるのだ。第1の真空は1970年ごろの英軍「スエズ以東」撤退で生じ、イランのパーレビ国王がこれを埋めた。

第2の真空はイラン革命、第3の真空はイラク・フセイン政権崩壊でそれぞれ生じ、ソ連のアフガニスタン侵攻とイラ・イラ(イラン・イラク)戦争、イラク内戦が起きた。今回は米国が稚拙な対イラン戦争で弱体化し、米軍イラク撤退もあり、地域に新たな「力の真空」が生まれつつある。

サウジは米国にイエメンの親イラン民兵組織フーシ派への攻撃を要請したが、トランプ政権はこれを拒否。フーシ派は「米軍関与なし」を確信し、大胆にもサウジ首都に対する大規模攻撃に踏み切った。このままではイランとその代理勢力が新たな「真空」を埋めるのも時間の問題だろう。

◆理由〔3〕トランプ氏の性格

トランプ氏の個人的性格も混乱を助長している。以前述べた通り、彼は、(1)考える前にしゃべり(2)それは希望ばかり(3)行き詰まれば倍返しするが(4)マーケットが反発し支持率が低下すれば「ビビる」傾向が強い。残念ながら、現在もこのパターンは繰り返されている。恐らく、トランプ政権内で大統領に諫言(かんげん)できる側近はいないのだろう。

◆理由〔4〕モグラたたき

時々の政策を大統領個人の「苦し紛れの直感」だけで決める外交に出口があるはずはない。「モグラたたき」ゲームに例えれば決断は全て「後追い」だから、モグラは永久に穴から出てくる。ゲームを止めるにはマシンの「電源」を切るしかないが、それができる側近は一人もいないのだ。

◆理由〔5〕ワシントンも真空

これでトランプ共和党が中間選挙に勝てれば奇跡だ。下院の敗北は不可避だろうが、3回目の大統領弾劾裁判が始まっても、上院で弾劾は成立しそうにない。それどころか、今回選挙に敗北すればトランプ政権は見苦しく勝算のない「不正選挙」キャンペーンを始める可能性が高く、最悪の場合、数カ月間米内政がマヒする恐れすらある。これこそ筆者が懸念するワシントンでの「力の真空」発生だ。まだ首都に生息する数少ない「常識人」の「良識」に期待するしかなさそうである。