メディア掲載  グローバルエコノミー  2026.09.02

投資促進、高齢化が制約に

日本経済新聞【経済教室】(2026年8月24日)に掲載

日本 経済政策 税・社会保障

現在、日本のインフレ率は日銀の目標である2%周辺にある。6月の失業率は2.5%と低く、実質賃金の伸びは6カ月連続でプラスだ。日経平均株価はバブル期の最高値を大幅に上回る6万円台で推移し、政府の税収も増えている。

驚くべきことに、高市早苗政権はこの経済状況を成功とは宣言していない。代わりに深刻な不況への従来型の処方箋である財政刺激策を打ち出している。

まず食料品に対する消費税を2027年4月から2年間、8%から1%に引き下げるという。また2026年度の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」では、総投資を押し上げるために政府支出の大幅な増加を提案している。

なぜ高市政権は日本経済の先行きをこれほど悲観的に見ているのだろうか。

日本政府は低・中所得層の高齢者を心配しているのかもしれない。最近のインフレ急騰は低い預金金利と相まって高齢者の購買力をむしばんでいる。食料品の消費税を引き下げ、所得に連動した一時的な給付を提供することは、中低所得の高齢者にとって有益だ。

したがって消費税の引き下げは、同じ所得の人々の間の「水平的公平性」を高めるための戦略と見なすことができる。

しかし経済学的に見ると、この戦略は粗雑でコストがかかる。粗雑である理由は、富裕層を含むすべての日本人の食料品やテイクアウトの食事代が安くなるためだ。これでは公平性を高める効果は小さい。

コストがかかる理由は、税収の大幅な減少分を補填しなければならないためだ。同じ目標を達成するためのより費用対効果の高い方法は、中低所得世帯により大きな税額控除や給付を提供することだろう。 

骨太の方針のもう一つの柱は、生産性と国内総生産(GDP)を押し上げるために投資支出を増やすことである。

1990年代にバブルが崩壊してから、日本の実質GDP成長率は低迷し続けている。一方で政府支出も高水準が続いてきた。結果として日本は極めて高い債務残高GDP比率と基礎的財政収支の赤字を抱えることになった。

日本は高齢化に伴う社会保障費負担の急速な増加だけでなく、公的支出を必要とする新たな地政学的リスクにも直面している。

南カリフォルニア大のD・ジョインズ氏と筆者による13年の共同研究では、日本の急速な高齢化に伴う財政の不均衡を解消するには、消費税率を53%に上げる必要があると示した。

それ以降、日本の状況は目に見えて改善した。所得が高い高齢者の医療費の自己負担額は増額され、女性の労働参加率も上昇した。外国人労働者の受け入れにも成功している。とはいえ高齢化は続き、社会保障支出は今後も急ピッチで増え続けるだろう。

現行の社会保障制度を維持しながら政府の債務不履行(デフォルト)を回避するには、消費税率は少なくとも25%に引き上げる必要がある。ちなみにこの試算は、地政学的環境の変化に伴う公的支出の増加は考慮に入れていない。 

これほど大幅な消費税の引き上げは極めて不人気な政策となるだろう。したがって高市政権は財政の難局を解決するため、GDP成長率の底上げを目指して投資することを選んだ。

日本のGDP成長率が低い理由の一つは、民間設備投資が低迷していることにある。日本企業は概して設備や建設への投資に消極的だ。そこで政府は、公的資金を高成長産業に誘導することで民間投資の低迷に対処することにした。

この措置は野心的であると同時にリスクも伴う。

短期的には財政支出が急増する一方、将来の成長率や税収への影響は不透明であるためだ。リスクの一例としては、540億円の累積赤字を抱える官民ファンドの海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)が挙げられる。

損失の規模を考慮すれば公的投資には上限を設けるべきだし、新たな政府資金には損失制限のトリガー条項を含めるべきである。

政府の投資促進策が成功する見込みを測るには、民間投資が低迷する要因を検討することが役立つ。筆者と日銀の池田大輔氏による最近の共同研究は、高齢化社会で総民間投資が低水準にある理由について、ミクロ経済学的根拠を示した。

我々のモデルは設備投資と政府債務を競合する資産とみなしている。政府債務が増加すると投資需要は押しのけられる関係にある。

日本は高齢者世帯に富が集中しているため、政府債務の増加によるクラウディングアウト(押しのけ)効果が特に強いことが分かった。高齢者は資産の大部分をリスクのある上場投資信託(ETF)ではなく、安定した預金や国債で保有することを好むためである。

この年齢とポートフォリオとの関係は中小・零細企業にも当てはまる。これらの企業は労働者の約70%を雇用する存在だ。そして帝国データバンクによれば、社長の平均年齢は1990年の54.0歳から2025年には60.8歳へと着実に上昇している。

経営陣の高齢化は設備投資にどう影響するか。企業は新規投資を一切行わない傾向が強まり、積極的な投資を行う可能性は低くなる(図参照)。


高齢の経営者ほど設備投資には慎重
(経営者の年齢別の設備投資実施割合)

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(注)2017~19年の設備投資の実施状況を確認、横軸のカッコ内は調査企業数
(出所)東京商工リサーチ「中小企業の財務・経営及び事業承継に関するアンケート」


高齢の経営幹部は成長よりも安定を重視する。安定は彼らの短期的計画に適しているだけでなく、終身雇用の下で高齢化が進む従業員にとっても有益である。したがって政府の投資奨励策が非上場の民間企業を率いる高齢経営幹部の意向を変えることはないだろう。

つまり政府の投資奨励策の対象となるのは、上場企業とスタートアップ企業の2つに絞られる。

上場企業の雇用の大半は歴史の長い大企業に集中している。こうした企業には経営陣の継承が計画的かつ秩序だって行われることに積極的な関心を持つ、社外取締役や株主が存在する。

だがこうした大企業は設備投資のための資金調達で制約は受けていない。むしろ重視しているのは将来のリターンだ。政府のインセンティブがこうした企業に影響を与えるとすれば、対象となる製品やサービスの将来需要が堅調であると見込まれる場合に限られる。

最後にスタートアップ企業を考えてみよう。スタートアップは成長を志向することが多いが、リスクも極めて高い。ユニコーン企業はまれで、スタートアップの9割は失敗に終わる。

ベンチャーキャピタル(VC)は潜在的なユニコーン企業を見極めて資金を提供するだけでなく、起業家に成長の方法を助言する。日本ではVCの活動が活発化しているものの、スタートアップの生存確率が低いことに変わりはない。

そこで成長を目指す企業を支援するには、投資税額控除の方が適している。それでもなお政府が高収益のスタートアップを直接支援することに固執するのであれば、そのような企業を見いだすのは公務員より投資銀行の方が適している。