メディア掲載  外交・安全保障  2026.08.13

米水道網麻痺は戦争の一環か

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2026年8月6日付)に掲載

米州 中東 外交安全保障

米ミネソタ州で現地時間7月26日夜から、一部の水道システムが突然止まった。サイバー攻撃の可能性があるという。ニュースを聞き筆者は戦慄を覚えた。ついにイランは対米本土攻撃に踏み切ったか。幸い被害は軽微だったが、日本官民の反応は、一部専門家を除き、やはり鈍かった。

■トランプ政権は無視

攻撃目標はミネソタ州内の30以上の自治体水道施設だった。ポンプ圧力、水位管理、遠隔監視・制御を行う「PLC(プログラマブルロジックコントローラー)」など「OT(運用・制御技術)」をセルラー通信経由で狙ったサイバー攻撃のようだ。

水道品質低下や大規模断水など重大被害はなかったものの、一部では運用停止から復旧まで最大2時間を要したという。また、同様の攻撃はミシガン州など6州でも発生しており、組織的なプロの犯行であった可能性が高い。

迷走を続ける米大統領は31日、事件へのイラン関与を否定し、同州の民主党系知事らの責任と断定。他方、米諜報機関やサイバーセキュリティー専門家は、一連の事件にイラン政府主導のハッカー集団が関与した可能性が極めて高いと分析している。

■イラン特有の手口

なるほど、攻撃の数日前から米連邦捜査局(FBI)など専門機関が「イラン関連ハッカー組織は全米の水・排水処理施設のPLCを狙っている」と注意喚起していたからだ。米民間機関も、今回の攻撃手法や標的選定はイラン革命防衛隊傘下のハッカー集団の過去の攻撃パターンに酷似していると指摘する。

米国の上下水道網を標的としたサイバー攻撃はこれが初めてではない。2021年にはフロリダ州の浄水場で遠隔操作ソフトを介して侵入され、水処理用薬品濃度が通常の100倍に急上昇する事件が起きた。

23年にはペンシルベニア州の水道網でPLCが何者かに乗っ取られている。当時もイラン革命防衛隊傘下のハッカー集団の犯行が強く疑われていたそうだ。

米国水道網の運営は小規模・分散型システムが主流。多くの水道施設は地方自治体や小規模小売り事業者が個別運用するため、セキュリティー関連予算や専門家が慢性的に不足しているそうだ。

だが、水道などの重要インフラに対する攻撃は、「経済活動の維持」を超え、国家安全保障の最優先課題となる。少なくとも米国はこうした認識の下、水道や電気を含む生活インフラ全般の防衛体制を急ピッチで構築している。

■日本は大丈夫なのか

翻って日本の水道網など公共インフラの防御対策はどうか。専門家によれば「直ちに大規模被害が起きる可能性は比較的低い」ようだ。
日本の制御システムはインターネットから物理的・理論的に遮断され、かつ自動制御停止の際は手動バルブ操作が可能な設計だから、らしい。本当にそれなら良いのだが、小規模自治体、施設老朽化、専門家不足などの問題は「日米共通」との指摘もある。
現在日本政府は「サプライチェーンの脆弱性」の解消に努めている。でも筆者が最も懸念するのは「公共インフラへのサイバー攻撃は有事になり得る」という認識そのものの欠如だ。その最たる例がミネソタ水道網事件への日本国内の反応であろう。
イランは対米報復として水道網を狙った可能性が高い。されば、今回の水道網攻撃はイラン戦争中「未遂に終わったイランの対米報復攻撃」の一つと見るべきではないか。