メディア掲載  外交・安全保障  2026.07.30

イラン戦争の勝者は中国か

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2026年7月23日付)に掲載

米州 中東 外交安全保障

米軍が再び対イラン軍事作戦を激化させている。エネルギー価格も再び上昇、今や米国は「出口なき戦争」に敗北しつつある。それでも最近、米識者の一部には、今次戦争の「真の勝者は中国」と断ずる人々が少なくないようだ。

米国の稚拙な政策により、(1)中東での「米国離れ」は加速し、(2)中国経済・技術への依存が深まり、(3)「信頼に足る大国」としての中国の地位が高まりつつある-という。典型例は米紙ワシントン・ポストの「イラン戦争は中国への贈り物」と題するコラム。いわく「中国は一発の弾丸も撃たず過去30年で最大の利益を得ている」のだそうだ。でも本当にそうなのか。筆者の見立てはちょっと違う。

◆米国の判断ミスは明らか

誤解のないようあらかじめ申し上げておくが米国の戦略的失敗は明らかだ。現米大統領は、(1)イスラエル首相の口車に乗り、(2)斬首作戦の効果を過大視し、(3)戦争目的を非核化、政府転覆などと二転三転させ、(4)肝心の海峡支配権はイランに奪われる-という歴史的ヘマをやらかしたのだから…。

ロシア革命時の英仏日米やイラン革命時のイラクの例が示す通り、革命体制への外国の軍事干渉は逆効果で、脆弱な政体を強化するだけ。今回の米イスラエル干渉もイラン国民の反米感情を高め内政危機にあったイスラム体制を再活性化させてしまった。

電撃斬首作戦を生き延びたイランはこの機に「米の中東離れ」を狙い始める。海軍と防空体制をたたいてもイランの継戦能力は残り、戦争は長期化する。「停戦合意」を望む米軍は戦闘再開と限定地上戦を視野に形勢挽回を図っているが、段階的介入拡大で成功した軍隊はほとんどない。では「真の勝者は中国か」と問われれば、それも違うだろう。

◆戦術的勝利→戦略的失敗

中国は経済的に苦しい。イラン戦争長期化は原油の7割を輸入し、うち半分を中東に依存する中国にとって悪夢だ。このままホルムズ海峡の「封鎖」が続けば、中国国内の経済、物流が止まりかねない。

軍事面でも懸念がある。台湾はウクライナやイランの戦争で「小国も非対称戦で大国に勝てる」ことを学んだ。米国も中東の「勝てない」戦争から学び、今後アジア方面で「対中抑止」を急ぐだろう。

政治的に見てもイラン戦争長期化は中国に不利だ。巨大経済圏構想「一帯一路」の核心ルートが切断され、巨額のインフラ投資先たるイランは傾き、中東経由欧州向け陸海路の物流ネットワークが寸断される恐れもあるからだ。

戦争が長期化する中、今のように中国の「出る幕」がなければ、外交面でも「善意の仲介者」としての威信は失墜する。アラブ産油国の対中信頼も低下する。一見「勝った」中国も今後「戦略的に敗れる」恐れは十分あるのだ。

◆「真の勝者」はイラン

このくらいなら誰でも考え付く話、筆者が時々使うAI(人工知能)ですら似たような御託を並べていた。でもこれでは筆者の「評論家」としての立場はないので、最後は「機械」が言わないことを書こう。「中国勝者論」を張る識者は次のいずれかだと筆者は見ている。

 (1)反トランプ的立場からその外交政策を批判する輩(やから)
 (2)反中の立場から米軍事予算の不足を批判する輩
 (3)単に中国を見誤っている輩

筆者はどれかって? もちろん、これらのいずれでもない。

そもそもトランプ現象は米国の内政だから、米軍事予算増額を訴えても、所詮第三国人の戯言(たわごと)に過ぎない。今の中国と中東を冷静に見る限り、今次戦争の「真の勝者」は、やはりイラン自身のようである。