今週も米大統領はイラン戦争の停戦合意が「大筋交渉中」「最終調整段階」などと喧伝しているが、筆者はもう疲れてしまった。仮に合意文書ができたとしてもそれは「一枚の紙」に過ぎない。中東の悪魔は常に「細部に宿る」と思うからだ。
今次戦争につき、ちまたでは「勝者はロシア」「中国は高笑い」「欧米関係は悪化」「東アジアは苦境」などと報じられた。だが、ここで一つ大事な国を忘れてはいないか。中国とほぼ同じ人口で、中東により近く、約2億人ものイスラム教徒を抱え、エネルギー「湾岸」依存度の高い国、そう、あの大国インドである。イラン戦争がインドに及ぼす悪影響は日本以上に深刻らしい。
最近インド財務相は3つの「F」(燃料、肥料、外貨)に警戒すべしと述べつつ、燃料価格高騰や農産物・外貨の不足がインド経済を直撃する可能性を示唆した。
実際、輸入原油の約5割がホルムズ海峡経由、輸入液化天然ガスは4割がカタール産だ。今インドは中東以外の調達先を探し、高額なスポット品を買い集めているようだ。
湾岸アラブ諸国で働くインド人出稼ぎ労働者は今や900万人を超える。彼らの送金はインド最大の外貨獲得源。中東湾岸地域の混乱が長期化すれば、インド経済・内政に及ぼす悪影響は計り知れないだろう。
今回の停戦交渉で存在感を示したのは「仲介国」のパキスタン。こうした動きをインドは「苦々しく」見ているに違いない。他方、伝統的に「非同盟」志向の強いインドが「仲介」を試みる可能性は低い。しかも相手は「戦略的パートナー」の米国・イスラエルと「友好国」たるイラン。利害関係が複雑に絡み合い、「仲介」のリスクだって決して小さくはない。
実際、モディ政権は戦闘早期停止や民間人保護を訴える一方、米国・イスラエルの要人暗殺や大規模空爆を公式には非難していないようだ。
皆さんは「I2U2」という概念をご存じか。2022年7月にインド、イスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)、米国の4カ国は「水、エネルギー、交通、宇宙、保健、食料安全保障の分野で協力」することに合意した。この4国名の頭文字を並べたのが「I2U2」。インドが従来の「非同盟」路線を修正し米国やイスラエルとの連携にかじを切った歴史的な合意だ。
インドにとって中東湾岸地域は、エネルギー資源、出稼ぎ労働者、大規模市場、西方の安全保障の面で死活的に重要だ。そのことを改めて再確認させたのがイラン戦争ではなかったか。
だとすれば今後インドの対中東政策はこの「I2U2」なる安全保障・経済貿易の枠組みをより推進する方向に動く可能性が高いと筆者は見る。
こう見てくると日本とインドは湾岸地域でも多くの利益を共有するパートナーになり得ることがわかる。インドの中東政策を過小評価してはならない。紀元前6世紀、アケメネス朝ペルシャはインダス川流域に到達した。インドには、ペルシャ化したムガール帝国が16世紀から約300年間存在した。
現在インドが参加する「クアッド」は2つある。一つは日米豪印、もう一つが印イスラエルUAE米だ。この2つのクアッドを通じインドは対中抑止と地域安定を目指している。I2U2に参加せよとまでは言わないが、せめて日本もこうした動きに敏感となり、「日印協力を通じた中東湾岸の安定」なる選択肢も考慮すべき時ではないか。