わが家には過去80年間、次のような「家訓」がある。
以上は30年前、筆者が外務省北米局で日米安全保障条約を担当していた際、徹夜が続く国会答弁作業の合間に考えた戯言だ。
先週末のパキスタンでの米国・イラン交渉は不調に終わった。トランプ米政権は一部欧州・アラブ諸国の協力も念頭に、ホルムズ海峡「逆封鎖」に踏み切った。「何を今頃」と思いつつ、ふと外務省現役当時の戯言を思い出した。残念ながら、この強烈な「自虐ネタ」を生んだ政治環境は今も変わっていない。
前回のコラムで筆者は「戦闘でも停戦でもない解決」は可能と書いた。米大統領とイラン側がそれぞれ一方的に勝利宣言して交渉を始め、一定の緊張緩和に踏み切れば「ホルムズ海峡の段階的開放の可能性は残る」と考えたのだ。
案の定、両者は合意に至らなかったが、両国間の戦闘は一時的にせよやんだ。一方、トランプ政権の支持率は低迷、原油価格は高止まり、イランによるホルムズ海峡実質支配も変わらない。これこそ米軍が海峡「逆封鎖」作戦を始めた背景であろう。
筆者の本音は「遅すぎないか」だった。第1期トランプ政権高官も「最初から同海峡を制圧」すべきだったと批判する。米側はイランの能力を過小評価していたのだろう。
海峡の実質的支配実現でイランは核兵器にも匹敵する「抑止力」を図らずも手に入れた。日本では「原油価格高騰」「通航料1隻3億円程度」といった議論が多いが、問題はそれよりはるかに深刻だ。
考えてみてほしい。ホルムズを含む国際海峡が特定の国により軍事的・政治的に管理され、自由航行が保証されなくなる事態は、経済合理性の議論を超える大問題だ。イランの行為は国連海洋法条約の「公海での航行の自由」という法益を根底から覆す暴挙であり、貿易立国の海洋国家・日本の存立基盤そのものを揺るがしかねないからだ。
これが「新常態」とならないよう日本はあらゆる手段を尽くす必要があるが、エネルギー確保、備蓄、代替手段開発など化石燃料に依存しない強靱な経済・社会を実現するといった既存の政策の延長では不十分である。
米軍によるホルムズ海峡「逆封鎖」作戦は13日に始まった。報道によれば、湾岸アラブ諸国はホルムズ海峡での自由航行回復のため国際社会に協力を求めたという。万一、これに一部欧州諸国だけでなく韓国や中国なども加わってタンカーのエスコートが始まれば、日本だけが「何もできない」事態となる。本当にそれでよいのだろうか。
某国が軍事的手段で政治目的遂行のため国際海峡での自由航行制限を試みるとき、それを阻止する国際社会の活動に参加することは「悪」なのか。中東村での消火活動はむしろ「善」ではないのか。これこそ「普通の国」なら当然考える「正しい軍事力の使い方」ではないのか。
それが「憲法、法律上できない」なら、そろそろ憲法や法律自体を変えるときが来たのではないのか。1970年代の2度の石油危機以来、半世紀間先送りにしてきた真摯な議論を日本の国会は今こそ始めるべきである。