メディア掲載  外交・安全保障  2026.01.16

ベネズエラ攻撃 中露の大胆行動懸念

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2026年1月8日付)に掲載

米州 外交安全保障 国際政治

■「鬼の居ぬ間」に「力による現状変更」

謹賀新年

正月早々、ベネズエラで驚くべき事件が起きた。米軍などの支援を受けた米捜査当局がマドゥロ大統領夫妻を拘束し米国まで連行したという。米メディアは連日詳細を報じていたが、日本マスコミの当初の関心は国際法違反の有無ばかり。あれあれ、今年の国際情勢急変を暗示するような大事件だというのに…。

個人的には「驚いた」というより「ついにやったか」と感じた。本来はめでたい話を書くところだが、今回は同事件の法的、歴史的、内政的、国際政治的意味合いを書こう。

◆国際法違反か

米側は「米国内法執行の支援」であって「軍事攻撃」ではないと説明した。直接の容疑は麻薬・武器の不正取引で、大統領夫妻はコカインなどの麻薬をコロンビアからベネズエラ経由で米国に密輸する麻薬カルテル組織の活動に関与したという。普通なら犯罪人引渡条約などによる外交的手続きを踏むが、トランプ政権は躊躇などしない。もちろん、外国での国家主権行使だから、国際法上は相手国政府の同意が必要なのだが…。

◆歴史的経緯は

法的には疑問の残るオペレーションだが、歴史を振り返れば別に驚くことではない。1989年のパナマ侵攻後のノリエガ将軍拘束事件は記憶に新しい。それ以外にも米国は西半球(中南米)で数々の内政干渉や法執行作戦を実行した「前科」がある。中南米を「外国」ではなく「裏庭」とみている証拠だろう。

◆米内政への影響は

米国内では今回の行動を評価する声もある一方、それがどこまで広がるかは疑問だ。民主党系はもちろん、トランプ岩盤支持層・MAGA(米国を再び偉大に)派の一部にも疑問の声が出ていると聞く。また、トランプ氏は当面「ベネズエラを運営する」と豪語したが、多くの米国人は米軍による「イラク統治」の失敗を忘れてはいない。支持率低下を恐れるトランプ政権の起死回生の賭けとはいえ、米国内政治、特に中間選挙への悪影響は避けられないだろう。

◆国際政治への影響は

国際法違反の有無について決着がつくとは思えない。むしろ懸念するのは中国とロシアの反応だ。中露は米国の行為を強く批判するが、両国とも「外国での主権行使」について米国を批判できる立場にはない。筆者の見るところ、可能性は2つあるだろう。

第1は、中露が「抑止」されるケース。トランプ氏は何をするか分からない、されば中露とも「自制」を選ぶという希望的観測だ。しかし、中露はそれほどナイーブな民族の国ではない。

もう一つの可能性は、これと全く逆に、中露が「より大胆」に行動する恐れだ。米国があそこまで勝手なことをやるなら、中露だって「やってやろう」となる可能性の方が高いのではないか。

ベネズエラやイランなど核兵器非保有国が相手なら、軍事作戦は比較的容易だろう。しかし、それは核を持つ中国やロシアには通用しない。米国が「西半球」を重視し軍事行動も辞さないなら、中露が「鬼の居ぬ間」にアジアや欧州方面で、より大胆に「力による現状変更」に踏み切る可能性も懸念されるのだ。

◆日本は何をすべきか

事実関係の詳細が不明な現時点で第三国たる日本が法的問題につきコメントを避けるのは賢明だ。他方、政治的には言うべきこと、すべきことが多々ある。特に、中露に「大胆な行動」をとらせないよう、抑止力拡大の努力を継続すべきだろう。やれやれ、今年もトランプ政権に振り回される年になりそうだ。引き続き本コラムのご愛読をお願い申し上げる。