コラム  グローバルエコノミー  2025.12.24

農林水産省が推進するコメの“需要に応じた生産”

農業政策

はじめに

減反とは補助金を農家に交付して生産を制限させ、農業界にとって望ましい米価を実現することである。農林水産省は法律(食糧法)に「需要に応じた生産」を規定することにより減反を法定化しようとしている。これが、米価が平成のコメ騒動の際より5割も高い史上最高値となっているときに行われようとしている。「需要に応じた生産」とはもっともらしく聞こえるが、同じく農産物でも、コメ以外の野菜や果物などでは、そのような言葉は聞かれないし、政策目標になることはない。どれだけ生産しても常に「需要に応じた生産」だからである。米価を需給で決まる水準より高くすること、これがコメについての「需要に応じた生産」の意味である。

大臣発言に対するコメント

次は記者会見における鈴木農林水産大臣の発言(2025年12月19日)である。

食糧法改正案の中に、この「需要に応じた生産」というのを位置付けるということでありますが、この「需要に応じた生産」は、各産地や生産者が主食用米の需給動向等を踏まえて、自らの経営判断によって作付けを行うということを意味しております。政府は需要に応じた生産を促進すること、そして生産者は需要に応じた生産に主体的に努力をするということなどの理念・責務を盛り込むことを検討しております。生産調整の規定もあるわけですが、形骸化をしておるわけなので、削除することになります。「需要に応じた生産」とは、需要が増える場合は、それに応じて生産を増やすことになります。ですから、いわゆる減反政策を意味するものでは全くありませんし、この生産調整という文言も全て削除させていただくということになろうかと思います。(引用者注:文意を損なわない範囲で短縮した)


簡単にコメントしよう。

農業は、経済学の完全競争に近い産業である。市場全体の供給量に比べて個々の生産者の生産量はわずかなので、生産を増減することで価格に影響力を与えることはできない。生産者はプライステイカーである。個々の生産者が意識するのは市場で決まる価格だけである。生産者が市場の需給動向を意識して生産することはない。「生産者が需要に応じた生産に主体的に努力をする」ことはありえない。

自身のコメの品質に自信がある多くの農家が主体的に努力し大幅に生産を増やし、その結果全体の生産量も増え米価が下がることは、「需要に応じた生産に主体的に努力をする」ことになりそうだが、そのような事態を農林水産省は認めない。農林水産省が意図しているのは、高い米価を維持するための「需要に応じた生産」、つまり生産を抑制する減反(生産調整)だからである。

「増産する場合もあるから減反ではない」というのは、間違った減反の理解か論理のすり替えである。減反=生産調整とは、政府が関与しないと1千万トン生産されるものを、補助金と指導で望ましい米価水準を達成できるよう“一定水準”に減少させることである。その一定水準は、あるときは700万トンで、その翌年は700万トンである場合もある。あるとき不作であれば翌年は減反を緩和して生産を増やす。しかし、その一定水準が増えたからといっても1千万トンから減産する以上、それは減反である。700万トンから700万トンに増産することは、単なる減反の緩和である。減反を始めた1970年代も政府の過剰在庫等を考慮してしばらくの間減反は緩和された[1]

では、何のために減反するのか?JA農協や鈴木大臣も含め農林水産省がたびたび言及するように、減反を止めると米価が需給均衡価格まで暴落するからである。逆に言うと、減反を行うのは米価を需給均衡価格から引き上げるためである。

減反は廃止されていない

2014年、減反政策の見直しが行われた。2018年から国から都道府県などを通じて生産者まで通知してきたコメの生産目標数量を廃止するというだけで、減反政策のコアである補助金は逆に拡充した。

ところが、この政策変更にほとんど関与しなかったのに、安倍首相は「40年間誰もできなかった減反廃止を行う」と見得を切った。この時、減反(生産調整)政策を見直した自民党農林幹部も、大臣をはじめ農林水産省の担当者も、「減反の廃止ではない」と明白に否定していた。面白いことに、2007年に安倍内閣は全く同じ見直しをして撤回していたのである。40年間誰もやらなかったどころか、「6年前にあなたがやっていた」のである。しかし、2007年当時は、誰も減反廃止とは言わなかった。廃止ではなかったからだ。

正確な報道をしたのは、JA農協の機関誌である『日本農業新聞』だけだった。減反廃止が本当なら先のJA農協や農林水産省の発言のように米価は下がるはずなのに、そんなことは起きなかった。

この時、私は著名な空間経済学者である藤田昌久・経済産業研究所所長(当時)から「山下さん。あの報道は本当なのですか? 戦後農政の中核である減反・高米価政策が、大きな政治的な抵抗もなく簡単になくせるとは思えません。」と質問された。さすがだと思った。政府がコメを買い入れていた食糧管理制度の下で、JA農協が主導した米価引上げ闘争は激しいものがあった。減反政策の本質は補助金で生産(供給)を減少させて米価を市場で決まる水準より高くすることである。減反を廃止したら、米価は暴落する。JA農協はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉参加に反対して1千2百万人の反対署名を集めた。減反廃止の影響はそれどころではない。農業界は蜂の巣をつついたような騒ぎになり、永田町はムシロバタで埋め尽くされる。もちろん、そんなことは起きなかった。農業界は減反廃止がフェイクニュースだとわかっていたからだ。

形式的には国から農家までの生産目標数量の通知は止めているが、農林水産省は毎年翌年産米の“適正生産量”を決定・公表し、これに基づいてJA農協等は農家にコメ生産を指導している。具体的には、都道府県、市町村段階で、JA農協や行政等が参加する農業再生協議会という組織が作られ、農林水産省の適正生産量に基づき、当該地域の水田でコメや他の作物をどれだけ作るかを決定し、これを生産者に通知している。つまり、形式的に生産目標数量は廃止したが、実態は全く変わっていないのである。

秋田魁新報社は、12月17日農林水産省が秋田県に減反を守るよう圧力をかけていたと次のように報じた。「農林水産省が2023年、国内有数のコメ産地である秋田県に対し、交付金の削減を示唆し、コメを増産しないよう要求していたことが分かった。佐竹敬久前知事や県関係者が秋田魁新報の取材に証言した。政府はコメ生産を抑制する「減反」を18年に廃止し、産地が生産量を判断する仕組みに移行したとしてきたが、減反廃止は名ばかりだったことが浮き彫りとなった。」当時、低迷していた米価を引き上げるために、JA農協と農林水産省は減反を強化して減産するよう自治体等の関係者を“指導”していた。増産しようとした秋田県に対して、農林水産省が圧力をかけたのである。

減反補助金だけでは目標とする需要量の700万トンにぴったり生産をそろえることはできない。このため、農林水産省は減反面積の目標(のちにコメの生産目標数量)を都道府県、市町村を通じて農家に通知・配分してきた。減反補助金だけで「生産者が需要に応じた生産に主体的に努力をする」ことに誘導するだけでは、700万トンまで生産を制限できる保証は全くないからである。

“需要に応じた生産”の法定化は、「生産者が需要に応じた生産に主体的に努力をする」ことではなく、国から生産者への生産目標数量の指示を復活させようという試みなのだ。減反を緩和・廃止しようとした石破政権からの大転換である。米価高騰で国民の批判が高まっているときに、農林水産省は米価を高める減反を法制化しようとしているのである。

コメ騒動の根本的な原因は減反

今回のコメ騒動は、減反政策が招いたものである。減反政策がなければこの騒動は起きなかった。

1993年の平成のコメ騒動は冷夏が原因と言われているが、根本的な原因は減反政策である。当時の潜在的な生産量1,400万トンを減反で1,000万トンに減らしていた。それが大不作で783万トンに減少した。しかし、通常年に1,400万トン生産して400万トン輸出していれば、冷夏でも1,000万トンの生産・消費は可能だった。輸出を減らせばよいだけだった。

今は水田の4割を減反して1,000万トンの生産量を700万トン程度に抑えている。700万トンの「需要に応じた生産」である。減反を止めて1,000万トン生産し、300万トン輸出していれば、40万トンの不足が生じたとしても、輸出量をその分減じていれば国内の不足は生じなかった。

つまり昨今のコメ不足と価格高騰は、自由経済であれば起きなかったことが、JA農協と農林水産省が推進する「需要に応じた生産」=減反政策によって生じたのである。まさに、“政府”が作った人災である。

EUでも、日本と同じように90年代初めまで政府が市場に介入したため過剰農産物を抱えた。しかし、EUは、減反しないで輸出で処理した。我が国と異なり、域内の生産は制限されなかった。EUならコメ騒動は起きなかった。

需要や供給の見通しは不可能

減反による需給調整または需給均衡とは、700万トンが翌年度の需要だと見通し、1,000万トン可能なコメの生産をこれにピッタリ合わせることなのである。予想に反して、需要が上振れしたり、生産が病虫害や悪天候などによって減少したりすれば、不足が生じ米価は上がる。逆の場合は、過剰となり米価は下がる。

12月21日のTV番組で、「需要見通し、供給見通しができるということですか」と聞かれた鈴木農林水産大臣は、「しっかりやらせていただきますし、必ずやります。もう2度とスーパーのコメが並ばないみたいな事態は、私たちは絶対に生じさせません」と断言した。

しかし、これは不可能である。“需要見通し”とは来年の需要を見通すということである。インバウンドの消費について、高市総理の発言で日中関係が悪化して中国からの旅行者が減少する(これによるコメ消費の減少)ことを昨年見通しできたのだろうか?カリフォルニア米の価格が下がったり、国内の米価が上昇したりすれば、輸入が増加し、国産米に対する需要が減少するかもしれない。

“供給見通し”も困難である。農産物の生産は天候などに左右される。平成のコメ騒動は冷夏が、今回のコメ不足は穂出時の猛暑が、それぞれ原因である。エルニーニョ現象やラニーニャ現象などが起こるかもしれない。猛暑であっても、それがイネの穂出時に起きるかどうかは予測できない。来年の天候を正確に予想することはできないのである。

減反を止めて輸出していれば、需要や供給の見通しが間違っていても、国内に不足は生じない。また、来年のことはわからないのに、需要や供給の見通しという無駄な事務を行う必要がない。

「需要に応じた生産」は減反そのものだ

では、なぜ「需要に応じた生産」なのか?キャベツを考えてもらいたい。生産者団体が卸売市場に1トン持っていこうが4トン持っていこうが、市場は必ず捌いてくれる。生産に応じた需要はある。つまり、常に「需要に応じた生産」なのだ。違うのは何か?価格である。

コメでも同じである。1,000万トンでも700万トンでも、常に「需要に応じた生産」なのに、なぜ700万トンだけが「需要に応じた生産」とされるのか?それは700万トンの時の価格がJA農協や農林水産省にとって適正な価格だと判断されているからだ。その適正な価格を実現するためには、1,000万トンの生産を700万トンになるよう減反しなければならないということなのだ。

yamashita_column251222-img01.jpg


コメを自動車のように扱う農林水産省

農産物の市場経済では、基本的には価格が需要と供給を均衡、一致させる。これが伝統的な経済学だった。野菜や果物などでは、価格が変動することによって、常に「需要に見合った生産」が行われている。政府が介入する必要はない。

yamashita_column251222-img02.jpg


これに対して、ケインズは、工業製品の場合には価格ではなく数量で需給が調整されることに注目した。工業製品では、企業は供給量をコントロールできるが、需要は景気の変動によって増減する。消費者は不況になると消費(例えば自動車の購入)を抑え、好況になると消費を増やす。企業が同じ量(Q0)を生産しているとすると、不況(需要はD2-D2)の時は在庫の積み増し(Q2 Q0)、好況(需要はD1-D1)の時は在庫の取り崩し(Q0 Q1)によって、つまり価格ではなく数量によって需給調整が行われる(図で示されるのは価格と数量の関係であるが、需要に影響を及ぼすのは、所得、景気、嗜好など価格以外の要素もある。これらによる需要の変化を図で表すときは需要曲線をシフトさせて分析する)。価格はP0で一定である。

yamashita_column251222-img03.jpg

ところが、農産物市場では価格が需給を調整してくれるので、過剰も不足もないはずなのに、コメの場合過剰なので生産を減少させなければならないと言われるのは、どういうことだろうか?

yamashita_column251222-img04.jpg


価格支持政策が行われるのは、市場において需給で決まる価格(需給均衡価格PE)が低いと農業界が認識しているためである。このため、農林水産省が農家に保証する価格(PS)は需給均衡価格よりも必ず高くなる。

食糧管理制度の時代、政府が生産者からコメを買い入れる価格(生産者米価)は需給均衡価格よりも高く決定された。この結果、生産は増加し需要は減少し過剰在庫が政府に生じた。これを解消するために1970年から減反が導入された。

市場に任せていれば、価格が需給を均衡させるので過剰も不足も生じない。過剰と言われるときは、明示的(食糧管理制度時代)または黙示的(減反による価格維持という現在)に、需給均衡価格より高い価格が政府または農業界により人為的に設定されている。価格が高いので、生産が増え消費が減るので過剰(BC=Q1Q2)が生じる。

減反は米価を一定の価格水準(近年では15,000円/玄米60kg)に維持しようとするものである。コメの需要は年々減少してきた。需要曲線は左方へシフトしてきたのである。この下で米価(下図ではP0)を維持しようとすると、減反を強化して生産量を毎年減少しなければならない。こうして毎年の生産目標数量または適正生産量(図中のQ1、Q2、Q3)が決定される。

つまり、農林水産省は、本来価格が需給調整するはずの農産物(コメ)に、価格を一定水準に維持する(低下させない)ために、ケインズ的な数量調整を行ってきたのである。この価格に見合う需要量=生産目標数量に合わせるために減反補助金によって生産を減少させてきた。これが、農林水産省やJA農協が言う「需要に見合った生産」である。
「農業と工業は違う(だから保護が必要だ)」というのが農業界の口癖であるが、皮肉にも行ってきたのは工業的な政策だった。 

yamashita_column251222-img05.jpg


「生産者が需要に応じた生産に主体的に努力をする」ことは不可能

農業は経済学の入門書の最初で習う「完全競争」に最も近い産業である。「完全競争」の重要な条件は、市場の規模に対して生産者が小さいため、市場に影響力を与えられないというものである。市場に無数の小さな企業がいて、どの企業も市場価格に影響を与えられない。プライステイカーとして生産(行動)せざるを得ないというものである。

コメの市場規模は700万トンで生産者は100万戸近くいる。100ヘクタール規模の農家は、我が国では超大規模農家ということになるだろうが、この農家が生産するコメの量は550トンに過ぎない。市場での全体の供給量の1万分の1にもならない。この農家が生産量を増やそうが減らそうが700万トンの市場(とそこで決まる価格)に対して影響を与えることはできない。

「完全競争」の対極にあるのは、独占または寡占である。市場が一つ又は限られた数の生産者で構成される場合である。日本製鉄が生産量を倍に増やせば、鉄鋼の価格は大きく下がるだろう。これを考慮して鉄鋼の生産が行われる。日本製鉄の場合は、市場における「需要を見ながらそれに応じた生産」を行わざるをえない。

しかし、コメ農家の場合には、市場における需要を考慮した生産を行う必要はないしできない。市場からすれば小さすぎるので、市場における需要を考慮することなど不可能なのだ。

かれがどれだけの生産を行おうが、市場において価格は全体の需給で決まる。その価格を基に可能な限り生産すること(限界費用が価格に一致するまで生産する)が、コメ農家の利潤を最大にする。

農林水産省が法律に書き込もうとしていることは、経済学的には全くナンセンスなのである。

先物市場の認可が必要

ただし、現実的な修正が必要となる。この農家が今年のコメの作付けをしようとする場合、その価格はまだ実現していない。最終的に価格が判明するのは、今年産のコメの販売が完了する翌年の秋まで待たなければならない。せいぜい、昨年産のコメの価格を基礎に、今年産の生産量や今年の10月から翌年9月までの需要量などを予想して、今年産のコメの価格を推測するしかない。

それは、株式の予想と同じように、全ての生産者が一致して同じ価格を想定するものではない。農林水産省の需要の予測もいい加減なもので、まして、個々の小さな農家が一年先の需要を予測することはできない。コメ農家でも零細な兼業農家では、需要の予測などさらに困難である。さらに、農林水産省の指導の下に減反しても、作柄によって価格は変動する。つまり農家にとって不可能なことを農林水産省は法律に規定しようとしているのだ。

農林水産省が「需要に応じた生産」を法定化しようとするのは、農林水産省が全国の生産目標数量を決定し、それを都道府県、市町村を通じて生産者に配分・通知するという、2018年に廃止されたものを復活しようとしているからだ。もし農家が自分のコメは市場で十分に評価されるとして減反を止めて生産を増加しようとするのは、通常の理解では「生産者が需要に応じた生産に主体的に努力をする」ことになりそうだが、農林水産省は認めないだろう。

しかし、農家にとって価格変動を免れる方法がある。先物取引のリスクヘッジ機能を活用すれば、将来の価格を予想する必要はない。現実の価格が将来どのようなものになろうと、先物価格を経営上の実際の価格とすることができる。つまり、農家の経営を安定させるためには、需要に応じた生産ではなく、先物市場を農林水産省が認可することが必要なのである。


[1]減反(生産調整)を始めたころも、減反目標面積(コメの減産目標)は、1972年52万ヘクタール、73年49.8万ヘクタール、74年32.5万ヘクタール、75年24.4万ヘクタール、76年19.4万ヘクタール、77年21.2万ヘクタールとなっている。72年から見ると増産である。