コメ価格が高騰し下がる兆しが見えない。JA農協が卸売業者に販売する価格は、平成のコメ騒動と言われた1993年を50%も上回る史上最高値となっている。
鈴木農水大臣の発案によると思われるコメ券に、コメの価格を高止まりさせるつもりではないか、12%ものマージンを取る発行団体のJA全農等への利益誘導ではないか、5万円の年間コメ支出に対して3千円では焼け石に水ではないか、コメ券の発送など自治体職員の負担が大きいのではないかなど、多くの批判が浴びせられている。無駄や負担が多いとして、かなりの自治体はコメ券の発給に否定的である。また、前の石破政権のコメ増産の方針が一転して減産に変わったことは、高市政権はコメの価格を下げるつもりはないと受け止められている。
昨年から続くコメ問題だが、価格高騰の背景にある原因は大きく変化している。今年の夏までのコメ不足や価格高騰は、23年産米が猛暑で40万トンほど影響を受け、その分を24年産米から先食いしたことによる供給不足だった。今年9月以降の問題は供給不足ではない。今年のコメの生産が前年比で10%も増加し、流通業者の間ではコメはダブついていると言われている。経済原則からすれば米価は下がるはずである。それなのに、なぜ消費者が購入するコメの値段は下がらないのか?なぜJA農協は農家に支払う概算金と卸売業者に販売する相対価格を史上最高値に維持することが可能なのか?これを解明することにより、コメ券の隠された効果も明らかになる。コメ券は価格を上げることはないが、今の高価格を維持する効果を持つ。
鈴木農水大臣はコメの価格はマーケット(市場)で決まるので行政は関与すべきでないと主張するが、コメについては、そのマーケットがないうえ、需要と供給で決まるべき米価は政府と独占的な事業体によって歪められている。本稿では、コメ券がコメの市場にどのような効果をもたらすのか、需要と供給の経済学から分析する。
下の図が示すように、現在JA農協が卸売業者に販売する際の相対価格(コメの市場がない現在ではコメの代表的な価格とされる、ほぼ生産者米価と考えてよい)は、冷夏によって前年比26%の減産(大不作)となった1993年の平成コメ騒動の際の玄米60キログラム当たり2万4千円より50%も高い3万7千円となっている。昨年初には精米5キログラム2千円だった小売価格も4千3百円に上昇している。

農家は、史上最高の米価の恩恵を受けている。JA農協が農家に払う概算金(JA農協にコメを渡した際の仮払金でコメの販売が終了した後に清算される)は、玄米60キログラム当たり通常の年では1万2000円なのに、今では3万円から3万円3000円に高騰している。
米作の規模が最も小さい0.5ヘクタール未満層の農家の生産コストは2万3千円ほどなので、従来の概算金では赤字だった。これらの農家は町で高いコメを買うより赤字でも自分で作ったほうが安上がりなので、コメを作り続けてきた。減反政策を止めて米価を1万2000円より安くすれば、これらの人は町で買う方が安上がりとなるので、コメ作りを止め農地を規模の大きな主業農家に貸し出して地代収入を得るはずだった。しかし、3万円の概算金では、このような本来市場から退出しているはずの赤字農家でもかなりの黒字になる。
零細農家が温存され、農地が出てこないので、主業農家の規模拡大は進まない。逆に、農地を貸しだす際の地代よりも高い米価を受ける方が有利だと判断した零細な元農家が、主業農家に貸している水田を貸しはがして再び農業を開始するという事態も生じている。これは構造改革に逆行している。コメ農業のコストダウンは進まない。国内の消費者は高いコメ代金を払い続けなければならず、海外のコメ農業との競争力も悪化する。
もっと大きな利益を受けるのはJA農協である。これまでも、減反・高米価政策で零細なコメ兼業農家が滞留してその兼業収入等をJA農協の口座に預金してくれたことで、JA農協は発展した。農業の生産額はコメも含めて9兆円しかないのに、JA農協の預金量は108兆円に上る。農業への融資は、その1%程度に過ぎない。農業金融機関のJA農協は預金量のほとんどをウォールストリートで運用することによって莫大な利益を上げてきた。異常な高米価で零細兼業農家の減少に歯止めをかけることができれば、JA農協の金融事業は盤石となる。
農水省は、今(25)年産のコメが69万トン、10%増産されたと発表した。本来なら、コメの値段(米価)も野菜など他の農産物と同じく、需要と供給で決まる。生産=供給が増えれば、価格は下がるはずである。にもかかわらず、コメの値段は上昇し、高止まったままである。なぜ、コメの値段は経済原則通り需要と供給で決まらないのだろうか?
経済原則からすれば、末端の小売価格の動向によってJA農協と卸売業者との相対取引価格が決まり、それを受けてJA農協が生産者に払う概算金(これまでは相対取引価格からJA農協の手数料3千円を引いた水準)が決まる。
しかし、現実は、その逆である。概算金によって相対取引価格が決まり、それに流通マージンを乗せて末端の小売価格が決定されている。
24年産米について他の集荷業者が高いコメ代金を農家に提示したため、JA農協の集荷量が減少した。JA農協はこれを理由に、25年産米については、農家に払う概算金(事実上のコメ代金)を通常年の倍以上に引き上げている。しかし、本来、米価が需要と供給で決まるのであれば、供給が増加している中でこのような高い価格は設定できないはずである。なぜ高い概算金を実現できるのだろうか?
マーケット(市場)がないコメ
コメの値段が経済原則に反した動きをするのは、それが市場以外の力や要素で決められているからである。
まず、コメには、野菜や果物の卸売市場に当たる市場がない。卸売市場と類似の入札による現物の市場は、JA農協が上場量を減少させたため、2011年に廃止された。1730年に大阪商人が世界に先駆けて開設し、統制経済になった1939年まで続いたコメの先物市場は、自由経済になった今日でも、JA農協の反対により復活が認められていない。米価はJA農協と卸売業者との相対取引で決められている。圧倒的な集荷量を背景に、JA農協は独占的な力を行使して米価を高めに設定・操作することができる。市場がないのは、JA農協が相対取引で米価を決めたいからである。先物市場が認可されれば、透明性のある公正な価格が実現できる。JA農協が価格操作することはできなくなり、米価を下げる方向に力が働く。
生産が増えても供給は増えない
在庫を積み増しすれば、生産が増えても供給を増やさないことができる。相対価格が高止まりどころか、やや上昇しているのは、このためである。これまでも豊作でも価格が上昇するという事態はしばしばみられている。
次の図は、JA農協と卸売業者(太宗がJA農協の在庫)が抱える民間在庫の対前年同月比である。豊作となった25年産が流通し始めた25年9月以降、民間在庫が急速に積み増しされていることがわかる。

JA農協には米価を高く維持しなければならない事情がある。今農家が受け取っている概算金は、あくまで仮渡金である。実際にJA農協が卸売業者に販売する価格(相対価格)が変動すれば、その価格は調整される。相対価格が高くなれば、農家は追加払いを受ける。このときは、問題ない。
しかし、低くなれば、JA農協は農家から価格低下分を取り戻すことになる。これは農家に不評となる。かつてこのような事態が起きたとき、農家はJA農協に出荷しなくなったことがある。これを避けるためには、JA農協は相対価格を下げられない。これは、翌年産米が供給される来年秋まで続く。それまでコメの小売価格も下がらないということである。
JA農協は相対価格を維持するため、在庫調整を行う。しかし、JA農協も無制限に在庫を増やすわけにはいかない。在庫増には金利や倉庫料などの負担がかさむからだ。
そこでJA農協を救済するのが、農水省である。100万トンほどあった備蓄米を既に70万トン放出している。残った30万トンも4年古米と5年古米なので食用には向けられない。家畜のエサ用に処分する寸前である。つまり望ましい備蓄水準としている100万トンを回復するという名目で、農水省が100万トンを市場から買い入れ隔離すれば、60万トン生産が増えたとしても市場での供給量を制限できる。またJA農協は100万トンのコメを市場に放出することにより、その分在庫を減少できる。これによって、農水省がJA農協の在庫を買い上げてくれると同様の効果を実現できる 。
このような農林水産省の市場介入を織り込んで、JA農協は高い概算金を農家に払い、史上最高値の米価(相対価格)を実現している。
既に農林水産省は、放出した備蓄米59万トンを買い戻すとともに、来(26)年産のコメを20万トン市場から備蓄米として買い増すと公表している。また、来年産のコメについては、減反を強化し、37万トン、5%減産するとしている。今年産の生産が増えても、備蓄米の水準を回復するという名目で、市場から備蓄米として買い入れて隔離するとともに、来年産を減産すれば、供給量はかえって減少する。コメの値段は需要と供給で決まる。つまり、今の米価、コメの値段は下げない、むしろ上げたいということだ。
ただし、今回史上最高値となったコメを市場から買い入れようとすると、これまでと比べ物にならないほどの膨大な財政負担(納税者負担)が必要となる。しかも、これによって維持されるのは史上最高値となった米価である。概算金や相対価格を上げて消費者の負担を高め、それを維持するために財政負担で備蓄米を買い戻そうとしているのだ。
生産者に毎年3,500億円ほどの減反補助金を出してコメ生産を減少させ、コメの値段を本来需給で決まる価格よりも高くする。さらに現在は、JA農協による価格操作で異常に価格は騰貴している。その上で、一人当たり3千円のコメ券を配って安く購入するようにする。これに4,000億円が必要となる。マッチポンプではないだろうか。
国民・納税者は減反補助金とコメ券で7,500億円の負担を強いられる。コメ券を受け取らない通常の消費者は、高い価格を払い続けなければならない。消費者は価格高騰前に比べ2兆2000億円の負担を強いられる。100万トンを備蓄米として買い入れた場合の財政負担は6,200億円である。さらに、異常な米価のもとで農家にコメから他の作物に転作させるためには、莫大な(約2兆円)もの財政負担が必要となろう。トータルの国民負担は5兆5千億円に上る。コメだけで2,3年前までの防衛費並みの国民負担となる。
コメの値段が上がったのなら、関税の削減による輸入の増加、減反の緩和・廃止による国産米の生産増加などによる価格引き下げで対応すべきである。そもそも、価格政策は全国一律で行われてきたもので、それを自治体に任せるという発想自体、これまでの農政の歴史からも極めて異常である。
しかもコメ券の発給は自治体に任せているはずなのに、期限無制限のコメ券に来年9月までの使用期限を設定すると農水省は言い出した。ひとり3千円のコメ券を交付し、7割引きの価格で5キロのコメを消費させれば、50万トンほどの特需を発揮できる。つまりJA農協の在庫が、その分減少するということである。使用期限の設定は、在庫が積み上がった今、消費者に使わせようという意図からだろう。
しかし、コメ券には自治体の反発が激しい。JA全農は手数料を減少したと言うが、500円の負担で480円程度のコメしか買えない。そもそも高い米価を設定している全農のコメ券を使うことは、困難となる原因を作っている者に利益を与えることになる。このほか、農村部では、農家から縁故米の形で無償提供されているため、「コメを買ったことがない」という世帯も多く、これらの世帯はコメ券を必要としない。さらに、コメ券の発送などに自治体職員の負担が生じるという問題がある。このため、自治体の多くがコメ券を発給しなければ、予定したJA農協の過剰在庫の減少につながらない。
また、異常な高米価でコメの消費が減少しているうえ、輸入の増加で国産米の需要が食われている。端境期となる来年9月までにJA農協の在庫が想定以上に積み上がれば、来年産の相対価格と概算金は大幅に下がることが予想される。かつても、2009年産の相対価格が予想を下回ったので、ある県のJA農協は概算金を同年産の12,300円から10年産については一気に9,000円に下げている。
以上を経済学のトゥールを使って分析しよう。
コメを収穫・生産した後の(超)短期の供給曲線は生産量Q*で完全に非弾力的(垂直)となる。輸入がなければQ*以上の供給量はない。これが全量市場で供給されれば、需給均衡では、価格はP0となる。しかし、JA農協は、この価格は低すぎると判断するので、在庫により市場での供給量を操作することで価格をP1(相対価格)に維持しようとする。
JA農協はP1の米価のもとでQ*までコメを完全に弾力的に供給する。ただし、Q*に達するとそれ以上のコメは存在しないので、供給曲線は完全に非弾力的となる。P1を超える米価を設定するのは、消費者のさらなる反発を受けるので好ましくない。他方で、P1を下回る米価で供給すると概算金の一部を農家から取り戻さなければならなくなるので、これも避ける必要がある。この結果、供給曲線はP1から供給量がQ*に達するまで水平の曲線となり、Q*に達すると垂直となる。
生産量OQ*から過剰在庫量のQ0Q*を差し引いたO Q0が供給量となる。価格はP1である。
このとき、コメ券を発行すると需要曲線はD0D0からD1D1にシフトする。高いコメをあきらめてパンや麺にシフトしていた需要がコメに戻る。この結果、Q0 Q1の在庫が解消される。さらに、農水省が市場からQ1Q*の量を備蓄米として買い入れると、JA農協の過剰在庫は解消される。これがコメ券と市場買い入れの結果である。高い米価の水準P1は維持される。いずれも現在の高米価を維持するための政策である。

減反廃止
根本的な対策は、コメの減反政策を止めることだ。価格低下で影響を受ける主業農家にはEUのような直接支払いを行えばよい。
来年産のコメが生産される翌秋まで待たねばならないが、それ以降は確実に下がる。それを待たなくても、現在コメの値段の高騰で消費が減少し、JA農協を始めとする流通業者のコメ在庫が大量に積み上がっている。コメ生産が大幅に増えそうだとわかると、流通業者がコメの在庫をさばこうとするので、市場でのコメの供給が増加し、コメの値段は今からでも下がり始めるだろう。意外に即効性があるかもしれない。
そもそも減反がなければ、今回も平成のコメ騒動は起きなかった。現在1,000万トンの生産可能量を減反で700万トンに減少させている。1,000万トン生産して300万トン輸出していれば、不作でも輸出量を減少することで、国内需要の700万トンは十分に供給できた。700万トンという“需要に応じた生産”を行うことが、今回の騒動を引き起こした。
コメの先物市場認可
コメの先物市場を認めて透明・公正な価格形成を図ることで価格操作を困難にさせる。
関税引下げ
即効性のある対策は、コメの関税を下げることだ。恒常的に下げることが政治的に直ちには難しいなら、1年を限り時限的に半減するか撤廃すればよい。1年限りの関税削減であれば、生産に影響は生じない。平成のコメ騒動の際は、260万トンの輸入を行った。
輸入枠の拡大
関税を下げるのが嫌なら、関税なしの輸入を行っているミニマムアクセスという輸入枠での輸入量を増やすことだ。
独占禁止法の活用
小規模事業者や消費者が協同組合を組織する場合には、独占禁止法の適用除外が認められ、カルテル行為は許されている。しかし、これらの組合であっても、「不公正な取引方法を用いる場合」又は「一定の取引分野における競争を実質的に制限することにより不当に対価を引上げることとなる場合」は、独占禁止法が適用される。今回、JA農協は通常年では玄米60キログラム当たり1万2千円の概算金を3倍近い3万~3万3千円に引き上げている。これは「不当に対価を引上げる」ことに該当しよう。
平成のコメ騒動の場合は冷夏による大不作が原因だった。今回は減産でもないのに米価は平成のコメ騒動の時を大幅に上回っている。その原因にJA農協の在庫操作がある。農水省による備蓄米の買い上げとコメ券はこうして積み上がったJA農協在庫を軽減し高米価を維持する効果を持つ。いくら農水大臣がそのような意図はないと強弁しても効果は生じる。
大多数の国民の犠牲の上に、一部の既得権者が利益を受ける。農水省は「需要に応じた生産」=減反を法定化しようとしている。輸入が途絶すれば、減反によって半年足らずの間に国民は餓死する。亡国の農政だ。これが政府の役割なのだろうか?
戦前農林省の減反案を葬ったのは陸軍省だった。減反は安全保障と相容れない政策だ。
農政の先達である柳田國男も河上肇も、米価を上げて農家の所得をあげようとする政策を断固として拒否した。価格が上がると貧しい消費者を苦しめる。農家の所得を上げるためには規模拡大や生産性向上によってコストを下げるべきだと主張した。特に、新しい技術を採用しようとしない零細な兼業農家が増えることを、柳田は「正しく国の病」と断じた。
戦前2度も農相を務めた農政の大御所、石黒忠篤は「国民に食料を安価に安定的に供給してこそ農は国の本なりと言えるのだ。そうでない農は一顧の価値もない」と農民に訴えた。国民への食料供給が本来の目的で、それに役立つ限りにおいて農業を振興するのである。農業がその役割を果たせないなら、輸入しなければならない。多くの国民が持つイメージと異なり、農家は貧しくかわいそうな存在ではない。農家が繁栄して多くの国民を餓死させるのでは、本末転倒である。しかし、今の農水省からは、柳田などの経世済民の思想は消滅してしまったようである。食料危機の際、国民はだれに食料供給を託せればよいのだろうか?
(参考文献)
「コメ高騰の深層」(2025)宝島社新書
「食料安全保障の研究―襲い来る食料途絶にどう備えるか」(2024)日本経済新聞出版
「国民のための「食と農」の授業 」(2022)日本経済新聞出版