メディア掲載  グローバルエコノミー  2025.12.15

高市政権の農政復古

【亡国農政の終わらせ方:第7回】

政策研究フォーラム「改革者」(2025年12月号)に掲載

農業政策

自民党と日本維新の会は、連立合意文書で飲食料品を消費税の対象としないことを検討するとしたが、今国民消費者を最も苦しめているコメ問題については言及しなかった。日本維新の会は、農家に補助金を出してコメ生産を減少させ米価を上げる減反政策の廃止を唱えていたのに、これを引っ込めた。逆に、高市総理は減反を推進する農林族議員の鈴木氏を農水大臣に任命した。

減反強化に後戻り

今年生産されたコメは69万トン、10%増産された。それなのに、コメの値段は下がらないどころか、JA農協は農家に払う概算金(事実上のコメ代金)を通常年の玄米60キログラム1万2千円から、3万円超にまで引き上げている。コメの値段は需要と供給の経済原則では決まらない。鈴木農水大臣は、「コメの値段は市場で決まるので政府が関与すべきではない」と言ったが、コメには市場がないうえ農水省が関与しまくっている。

コメには、野菜や果物の卸売市場に当たる市場がない。卸売市場と類似の入札による現物のコメ市場は、JA農協が上場量を減少させたため、2011年に廃止された。1730年に大阪商人が世界に先駆けて発明し、1939年まで続いたコメの先物市場はJA農協の反対により復活が認められていない。市場がないのは、JA農協が圧倒的な集荷量を背景に、卸売業者との相対取引で米価を操作したいからである。

経済原則からすれば、末端の小売価格の動向によってJA農協と卸売業者との相対取引価格が決まり、それを受けてJA農協が生産者に払う「概算金(これまでは相対取引価格からJA農協の手数料3000円を引いた水準)」が決まるはずである。しかし、実際には、概算金によって相対取引価格が決まり、それに流通マージンを乗せて末端の小売価格が決定される。豊作でもコメの値段が下がらないのは、このためである。JA農協が経済原則を無視して概算金を決められるのは、農水省が市場からコメを買い入れるとともに減反を強化することを見越しているからだ。

JA農協が想定した通り、同省は放出した備蓄米59万トンを買い戻すとともに、来年産のコメについては37万トン、5%減産することを決定した。市場から備蓄米として買い入れて隔離するとともに、来年産を減産すれば、供給量はかえって減少する。新大臣は、農政は価格にコミットしないと言うが、それは価格を下げることには関与しないということで、価格を減反強化で引き上げることには、これまでと同様コミットするのだ。

しかし、それでは貧しい消費者が困るというので、新大臣はコメ券を提案している。生産者に毎年3500億円ほどの減反補助金を出してコメ生産を減少させ、コメの値段を市場で決まる価格よりも高くする。その上で、貧しい人にはコメ券を配る。仮に、消費量の6分の1に相当する100万トンについて、今の5キログラム当たり4200円の価格をコメ券で価格高騰前の2000円に下げるとすれば、これに必要な財政(納税者)負担は、実施のための費用を入れると4500億円になる。これはマッチポンプ政策に他ならない。

消費税より著しい農政の逆進性

所得の低い人も高い人も、生きていくためには、飲食料品を消費しなければならない。飲食料品の価格を消費税で高めれば、所得の低い人の負担がより高くなる“逆進性”が問題とされてきた。

しかし、農政の逆進性の方がより重大だ。消費税の対象となる飲食料品にはキャビアや高級ワインなど所得の高い人が購入する奢侈品も含まれている。奢侈品について逆進性はない。他方で農政は政治的に重要な農産物、コメ、小麦、牛乳・乳製品、豚肉、牛肉、砂糖について、関税や減反で高くして、消費者に負担させてきた。これらは国民にとって必需品でもある。日本の農業保護は欧米に比べて著しく高いが、その7~8割はこれらの品目について消費者が負担している国際価格よりも高い価格である。しかも、これは4兆円と2%の消費税に相当する。

食料品対策なら減反廃止と直接支払いだ

コメの場合は、関税で国内市場を輸入米から隔離しているうえ、減反政策によって市場で決まる価格より米価を高くしている。減反を廃止すれば米価は下がる。影響を受ける主業農家に対しては、EUのように政府から直接支払いを交付すればよい。零細な兼業農家がコメ生産を止めて農地が主業農家に集積すれば、主業農家のコストが低下し収益が上がるので、農地の出し手である元兼業農家が受け取る地代収入も増加する。消費者は減反廃止で米価が下がるうえ、構造改革でさらに米価が下がるという利益を受ける。国民は納税者として、減反補助金3500億円、米価維持のために毎年20万トン市場からコメを買い入れ隔離している備蓄政策に要する500億円、あわせて4000億円の負担が軽減される。主業農家への直接支払いは1500億円もあれば十分である。

農政トライアングルの盲点

経済学を理解しない農水省は、価格の変動による需要(消費量)への影響を無視してきた。同省の需給計画には価格という要素がない。経済を扱う役所としての致命的な欠陥である。

異常なコメの値段が続いて、コメの消費量は減少している。精米5キログラムあたり昨年初めの2000円から4200円に倍以上の値上がりである。いくらコメの需要は価格に十分に反応しない(非弾力的)としても、現在の650万トン程度の需要に対して、50~100万トン程度の減少があると判断することが適当だろう。さらに国内の米価高騰で、通常の年の米価(1万5000円)では輸入できないほどの高関税(2万円)を乗り越えて、コメ輸入がコメ輸入が増加している。2025年度上半期の輸入量は8万6523円で、前年同期比の208倍である。年間で見るとコメの需要は少なくとも15万トン以上輸入米に食われているとみるべきだ。

端境期に当たる26年9月末の在庫は、農水省の予想を超えて大幅に積みあがる可能性がある。26年産米を37万トン減産するだけで、米価は維持できない。かなりの米価暴落が26年秋に起こる。この時に、鈴木農水大臣は、米価は市場に委ね政府は介入すべきではないと言うのだろうか?

残念ながら、今の農水大臣や同省幹部の目には国民や消費者はない。高米価で零細兼業農家を維持し、その兼業所得を預金としてウォールストリートで運用するJA農協とその組織票で当選する農林族議員のために働いているのだ。今の農水省はJA農協霞が関出張所だ。彼らは「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法第15条第2項に違反している。国家公務員としての矜持は失われた。