メディア掲載  外交・安全保障  2025.11.25

中国共産党のトリセツ

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2025年11月20日付)に掲載

中国 外交安全保障 国際政治

高市早苗首相の台湾有事に関する国会答弁を巡り、先週、各方面から「日中関係はどうなる?」と聞かれ、「心配無用」と答えた。今後の日中協議については、「1年もすれば『合意しないことで合意』するだろう」と説明した。今回は筆者がそう考える理由を書こう。

中国との付き合いは中東以上に面倒だ。以下の5点が、筆者の考える「中国共産党のトリセツ」だ。

 (1)「台湾と抗日」は最重要問題なので安易に妥協しない
 (2)メンツが潰れれば制御不能となり、論理が通用しない
 (3)激高した後、われに返るまでには相当の時間が必要
 (4)その間、中国側の不利益につき熟考させることが肝要
 (5)妥協するにもメンツの保持が必要なので、面倒である

◆日本に政策変更なし

実現が危ぶまれた日中首脳会談は先月31日に行われ、一応「予定調和」に収まったかに見えたが、翌日から歯車が狂い始めた。高市首相がSNSで「台湾を代表してAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議に参加している」台湾高官と会ったと投稿したからだ。当時、既に友人からは「中国側は怒り心頭だ」と聞いていた。

高市首相が国会答弁で言及した「存立危機事態」に関する日本の政策に変更はない。法律の立て付けは、日本が中国内政に介入して台湾を防衛する仕組みではない。日本は中国が米国を攻撃した場合、同盟国・米国を支援し得る。中国側が不満なら米国を攻撃しなければよいだけの話。他方、この答弁で共産党トップのメンツが潰れたことは間違いなかろう。トリセツ(1)、(2)の条件は満たされた。

この背景には、1972年当時のキッシンジャー米大統領補佐官が対中抑止のため創作した芸術的「曖昧戦略」が風化し始めたことがある。曖昧戦略は人民解放軍が弱い間は抑止が働くが、強大化すれば微調整が必要となるからだ。実際、バイデン前米大統領は「ボケ」たフリをして「台湾防衛」に何度か言及していた。

◆「戦略的互恵関係」とは

70年代ならともかく、最近、日中交渉で戦略的に意味のある「合意」が成立したことはない。今回の首脳会談でも日中は「戦略的互恵関係」で合意したというが、中身は何なのか。

外務省は、日中が「世界に対する責任を認識しつつ、国際社会に貢献する中、相互に利益を得て、共通利益を拡大すること」などと説明するが実質的合意はない。あえて言えば、2006年の安倍晋三首相(当時)訪中前に、「靖国参拝の有無には言及しない」と述べたことが肝だったとは思う。

日中間の最新の合意といえば、14年11月7日の「4項目合意」があるが、これも「合意」には程遠い。日本側の発表では、内容は次の通りだ。

  • 戦略的互恵関係を引き続き発展させていくことを確認
  • (歴史を直視し未来に向かう精神に従い)両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識が一致
  • (尖閣諸島等東シナ海の緊張状態について)異なる見解を有していると認識し…不測事態発生の回避で意見が一致
  • 対話を徐々に再開し信頼関係構築に努めることで一致

◆見守りたい水面下努力

だが、そもそも中国側発表の「4項目」はこれと微妙に異なっていた。当時中国は安倍首相に「靖国参拝断念」と「尖閣をめぐる領土問題の存在」を認めるよう求めたが、結局「合意しないことに合意」して決着したのだろう。

筆者の「トリセツ」が正しければ、中国側の激高は当分続き、その間、中国の不利益を考えさせることが重要となる。安倍政権の下で2度成立した日中「不合意の合意」だが、高市政権でも3度目の「合意」になるのではないか。とはいえ、「3度目の正直」となる可能性はどうか。外交当局間の水面下の努力を気長に見守りたい。