自民党と日本維新の会は連立政権合意で、飲食料品を消費税の対象から除外することに含みを残した。しかし、今、物価対策が最重要課題だと言われているのに、消費者を最も苦しめているコメ問題については言及がなかった。日本維新の会は従来、農家に補助金を出してコメ生産を減少させ米価を上げる減反政策の廃止を唱えていたのに、これを引っ込めた。逆に、高市早苗首相は減反を推進する農林族議員の鈴木憲和氏を農水相に任命した。
農水省もJA農協も農林族議員も、一様に「需要に応じた生産」を主張する。しかし、どれだけの生産を行っても、市場では価格が変動することで常に需要と生産は一致する。彼らの言う「需要に応じた生産」とは、特定の望ましい価格を実現するために、それに対応する需要量まで、本来1000万トン生産できるコメを減産するということなのだ。これこそ減反に他ならない。
農水省は、今年産のコメが昨年比69万トン、10%増産されたので、米価が下落しないように、放出した備蓄米59万トンを買い戻す。また、来年産のコメについては今年比37万トン、5%減産する。備蓄米の水準を回復するという名目で、市場から備蓄米として買い入れて隔離するとともに、来年産を減産すれば、供給量は減少する。つまり、コメの値段は下げないということだ。新大臣は、農政は価格にコミットしないと言うが、それは価格を下げることには関与しないということで、価格を減反強化で引き上げることには、これまでと同様コミットするのだ。
しかし、それでは貧しい消費者が困るので、新大臣が提案しているのがコメ券である。生産者に毎年3500億円ほどの減反補助金を出してコメ生産を減少させ、コメの値段を市場で決まる価格よりも高くする。その上で、貧しい人にはコメ券を配って安く購入できるようにする。仮に、消費量の6分の1に相当する100万トンについて、今の5キログラム当たり4200円の価格をコメ券で価格高騰前の2000円に下げるとすれば、必要な財政負担すなわち納税者の負担は2200円の2億倍の4400億円になる。実施のための費用を入れると、4500億円になる。これは減反補助金でコメの値段を引き上げ、コメ券で低所得者のコメ代金を引き下げるマッチポンプ政策だ。
彼らは、国民のために仕事をしているのではない。高米価で零細兼業農家を維持し、その兼業所得を預金としてウォールストリートで運用するJA農協のために働いているのだ。せっかく安倍晋三政権の時に農協改革に手を着けたのに、また農協擁護の農政に後戻りした。
消費税については、「逆進性」が問題とされてきた。所得の低い人も高い人も、生きていくためには飲食料品を消費しなければならない。このため、飲食料品の価格を消費税で高めれば、所得の低い人の負担がより重くなることが問題とされてきた。
しかし、農政の逆進性の方がより重大だ。消費税の対象となる飲食料品にはキャビアや高級ワインなど所得の高い人が購入するぜいたく品も含まれている。ぜいたく品について消費税を課しても逆進性はない。これに対して、農政の対象は国内農業で政治的に重要な農産物に限られる。具体的には、コメ、小麦、牛乳・乳製品、豚肉、牛肉、砂糖だ。これらは、ほとんどの国民が購入する必需品でもある。農政は、国内農業保護のために、これら農産物の価格を関税や減反で高くして、消費者に負担させてきた。日本の農業保護は欧米に比べて著しく高いが、その7~8割はこれらの品目について消費者が負担している国際価格よりも高い国内価格である。しかも、これは約4兆円に上り2%の消費税に相当する。
コメの場合は、関税で国内市場を輸入米から隔離しているうえ、減反政策によって市場で決まる価格より米価を高くしている。消費者負担を軽減するためには、減反を廃止すべきだ。米価が低下して影響を受ける主業農家に対しては、欧州連合(EU)のように政府から直接支払いを交付すればよい。零細な兼業農家がコメ生産をやめて農地が主業農家に集積すれば、主業農家のコストが低下し収益が上がるので、農地の提供者である元兼業農家が受け取る地代収入も増加する。
消費者は減反廃止で米価が下がるうえ、構造改革でさらに米価が下がるという利益を受ける。減反廃止による米価低下で日本米の方がカリフォルニア米よりも安くなる。コメの作付面積の増加と減反で抑えられてきた単収(単位面積当たりの収穫量)の増加によって、1000万トンのコメを輸出すれば、これだけで小麦、大豆、トウモロコシ等の輸入代金1兆5000億円を上回る2兆円を稼ぐことができる。穀物の貿易収支は黒字化する。
国民は納税者として、減反補助金3500億円、米価維持のために毎年20万トンのコメを市場から買い入れ隔離している備蓄政策に要する500億円、合わせて4000億円の負担が軽減される。主業農家への直接支払いは1500億円もあれば十分である。生産者も消費者も納税者も利益を受けるこのような政策が、どうして実現できないのだろうか。