メディア掲載  グローバルエコノミー  2025.11.14

高市首相が目指す"日本復活"の邪魔になる…鈴木農水大臣の「おこめ券」が日本人をますます貧しくする理由

国民は負担を強いられ、JAと自民党農林族が得をするだけ

PRESIDENT Online(2025年11月4日)に掲載

農業政策

鈴木憲和農水大臣が提唱する「おこめ券」が配られれば、家計はラクになるのか。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は、「減反政策で米の生産量を減らして価格を上げて、補助金と高い小売価格の二重負担をさせている。さらに『おこめ券』を配るのは、国民にとって負担増でしかない」という――。

高市総理の下での農政復古

高市総理は食料・農業政策についてほとんど知識も関心もないようだ。

10月31日の朝日新聞によると、訪問した農林水産省幹部との約20分間の面談では、「高市氏は持論である植物工場の推進に意欲を示したものの、コメ政策については特段、指示がなかったという。ある農林水産省幹部はこう胸をなで下ろした」

つまり、農林水産省幹部は、農林族議員・JA農協・農林水産省という農政トライアングルが推進してきた高米価・減反政策をこれまで通り実施できることに安堵したのだ。農政通の石破前総理と違い、高市総理なら横やりを入れられることなく、思うままに彼らの既得権のための農政を展開できる。

農林水産省は、今年産のコメが69万トン、10%増産されたので米価が下落しないようにするため、放出した備蓄米59万トンを買い戻す。また、来年産のコメについては37万トン、5%減産する。今年産の生産が増えても、備蓄米の水準を回復するという名目で、市場から備蓄米として買い入れて隔離するとともに、来年産を減産すれば、供給量はかえって減少する。コメの値段は需要と供給で決まる。つまり、今の米価、コメの値段は下げない、むしろ上げたいということだ。

鈴木新大臣は価格を下げることにはコミットしないが減反を強化して上げることにはコミットするのだ。高米価を維持したい農政トライアングルの一員としての政策推進である。石破前総理や小泉前農相が推進しようとした政策をもとに戻そうとしている。まさに農政復古だ。

莫大な国民負担となるマッチポンプ「コメ券」

しかし、それでは、貧しい消費者が困るというので、農林族議員である鈴木新大臣が提案しているのがコメ券である。

マッチポンプという言葉がある。文字通りの意味は、マッチで火事を起こして、ポンプで消化してヒーローになることである。自分で問題やトラブルを引き起こし、それを自ら解決することで、評価を得ようとする偽善的な自作自演の行為を指す。

生産者に毎年3500億円ほどの減反補助金を出してコメ生産を減少させ、コメの値段を市場で決まる価格よりも高くする。その上で、貧しい人にはコメ券を配って安く購入するようにする。消費量の6分の1に相当する100万トンについて、今の5キログラム当たり4200円の価格を価格高騰前の2000円に下げる(コメ券の持ち主は2000円を払う)とすれば、これだけで必要な財政(納税者)負担は4400億円になる。実施のための費用を入れると、4500億円になる。

3500億円の減反補助金というマッチでコメの値段を吊り上げ、4500億円かかるコメ券というポンプで所得の低い人が払うコメの代金を2000円にしようというのだ。

減反補助金+コメ券+高米価=国民負担3兆円の恐れも

被害者は誰だろうか?

まず国民・納税者は減反補助金とコメ券で8000億円の負担を強いられる。コメ券を受け取らない通常の消費者は、高い価格を払い続けなければならない。消費者は価格高騰前に比べ2兆2000億円の負担を強いられる。

合計すると、国民の負担は3兆円である。これは消費税の1.25%分にあたる。これだけの負担を国民に強いるマッチポンプ政策で鈴木新大臣は貧しい人たちから喝采を浴びたいのだろうか?

だれのためのマッチポンプか?

これによって利益を受ける人は誰だろうか。

第一義的には、史上最高の米価の恩恵を受ける農家である。JA農協が農家に払う概算金は、玄米60キログラム当たり通常の年では1万2000円なのに、今では3万円から3万円3000円に高騰している。

米作の規模が最も小さい0.5ヘクタール未満層の農家の生産コストは2万3000千円ほどなので、従来の概算金では赤字だった。これらの農家は町で高いコメを買うより赤字でも自分で作ったほうが安上がりなので、コメを作り続けてきた。減反政策をやめて米価を1万2000円より安くすれば、これらの人は町で買う方が安上がりとなるので、コメ作りをやめ、農地を規模の大きな主業農家に貸し出して地代収入を得るはずだった。

しかし、3万円の概算金では、このような本来市場から退出しているはずの赤字農家でもかなりの黒字になる。

零細農家が温存され、農地が出てこないので、主業農家の規模拡大は進まない。コメ農業のコストダウンは進まない。国内の消費者は高いコメ代金を払い続けなければならず、海外のコメ農業との競争力も悪化する。

図表1は、概算金が1万2000円~1万3000円程度だったころのコストと所得である。この時でも30ヘクタール規模の農家は1600万円くらいの所得をあげていた。今ではコストは8千円くらいなので、年間の純所得は6000万円ほどになる。50ヘクタールの農家なら、なんと1億円である。つまり、今、農家はコメ・バブルの真っただ中にいるのだ。

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図版=筆者作成
出典=平成30年農業経営統計調査より作成

全てはJA農協のために

もっと大きな利益を受けるのはJA農協である。

零細なコメ兼業農家が滞留してその兼業収入をJA農協の口座に預金してくれたことで、JA農協は発展した。農業の生産額はコメも含めて9兆円しかないのに、JA農協の預金量は108兆円に上る。農業への融資は、その1%程度に過ぎない。その程度の融資需要しかないのだ。JA農協は預金量のほとんどをウォールストリートで運用することによって莫大な利益を上げてきた。異常な高米価で零細兼業農家の減少に歯止めをかけることができれば、JA農協の金融事業は盤石となる。

JA農協によりかかる自民党農林族議員や農林水産省も票田や予算・天下りの確保というメリットを受ける。要するに、コメ券は、納税者や消費者を無視して農政トライアングルの利権を確保・充実させるためにあるのだ。

農林水産省は「JA農協霞が関出張所」

もう何年も、農林水産省は国民や消費者のために行政を行っていない。JA農協をはじめとする農政トライアングルの既得権のために仕事をしているのだ。

今回のコメ騒動で、農林水産省は、「コメは十分にある、不足していない、流通業者が隠しているのだ」というウソをつき続け、備蓄米の放出を渋ってきた。その被害者は、高いコメ代金を払い続けなければならない国民・消費者だ。

では、農林水産省は、だれに謝罪したのか?

企業や銀行が不祥事を起こすと幹部が記者会見を開いて国民に謝罪する。しかし、今回農林水産省の幹部は自民党本部に出向き、同党の農林族議員に謝罪したのだ。いまだに、国民への謝罪はない。つまり、ヘマをして、コメ高騰の根本原因が廃止したとする減反・高米価政策にあることが国民にばれてしまったことを、農政トライアングルのメンバーである農林族議員に謝ったのだ。

謝罪どころか、これだけの負担を国民に強いておきながら、農林水産省の幹部は誰一人として責任を取っていない。公務員としての著しいモラル低下である。

残念ながら、今の農林水産大臣や同省幹部の目には国民や消費者はない。JA農協や自民党農林族議員のために仕事をしているのだ。高米価は、彼らにとって手柄である。農林水産省はJA農協霞が関出張所だ。彼らは「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法第15条第2項に違反している。国家公務員としての矜持はなくなったのだろうか?