メディア掲載  外交・安全保障  2025.10.30

外交安保、こうも違うのか

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(20251023日付)に掲載

外交安全保障

1021日、高市早苗内閣が発足した。自民党が大敗した7月の参院選後、約3カ月にしてようやく国政が再始動した。憲政史上初の女性宰相誕生を心よりお祝い申し上げたい。

今回の自民・日本維新の会連立政権についてちまたの関心は閣僚人事や議員定数削減、企業・団体献金禁止などに集中している。だが、両党の政策合意文書を精読すれば、外交・安全保障分野でも地殻変動が起きそうな気がする。というわけで、今回は合意文書から高市内閣の外交安保政策を占ってみたい。

広範・詳細な合意文書

昨年の自民・公明党政策合意は全文1969字だったが、自民・維新合意文書は5933字もある。外交・安保・諜報だけでも1066字、昨年はわずか284字だった。

自民・維新合意は内容も極めて具体的だ。「自立する国家として、日米同盟を基軸に、リアリズムに基づき、戦後80年にわたり積み残した宿題を解決する」とした上で、以下のような点に言及している。

  • 戦略3文書の前倒し改定
  • 外務省に和平調停部署を創設
  • 垂直発射装置(VLS)搭載潜水艦を含むスタンドオフ防衛能力整備
  • 自衛隊の一元的指揮統制強化
  • 防衛装備移転5類型の撤廃
  • 防衛関連国営工廠(こうしょう)と国有施設民間操業の推進
  • 自衛官の恩給制度創設
  • 内閣情報調査室の国家情報局への格上げと国家情報会議の設置
  • 独立した対外情報庁の創設
  • 省庁横断的な情報要員養成
  • インテリジェンス・スパイ防止関連法制の策定


ちなみに、昨年の石破茂自民と公明の政策合意の外交安保部分はこんな感じだった。

  • 自由・民主など基本的価値を共有する国々と連携を強化
  • 唯一の被爆国日本は軍縮・不拡散、平和構築などを主導
  • 日米同盟の向上、隙間のない安保体制を構築
  • 北朝鮮による拉致問題と核・ミサイル問題の解決


うーん、これが同じ自民党なのか。総裁と連立相手が変わるだけで、基本政策はこうも違うのか。長年日本の安保政策を学んできた者にとって、今回の政策合意は夢のような話、にわかには信じられない内容である。

問題は立案と実施

驚き喜んでばかりはいられない。理想の政策を文章に書き自民・維新で合意することと、これらが実際に立案・実施されることは全く別だからだ。思い付くだけでも次のようなことがある。

  • 戦略3文書の前倒し改定には野党が猛反対するだろう
  • 防衛装備移転5類型の撤廃は日本の貿易政策の大転換となるが、民間企業にその準備ができているかは心配だ
  • この点は、防衛関連国営工廠・国有施設民間操業推進についても同様である
  • 自衛隊の指揮命令系統改善や自衛官の恩給制度創設は良いが、強力な攻撃力保持へのアレルギーは決して小さくない
  • 国家情報局への格上げや国家情報会議の設置、対外情報庁創設には大賛成だが、安倍晋三内閣ですらできなかった大改革の実行は容易ではない
  • 情報要員養成というが、要するに「スパイ養成」、すなわち国外で国家公務員に「非合法」行為をさせるのだから、要員の保護は不可欠だろう
  • インテリジェンス・スパイ防止関連法制の策定は急務だが本当にやれるのか


以上、やや意地悪く解説したものの、もし本当にこれらを実行するならば、日本の安保政策は飛躍的に向上する。本来なら冷戦時代に全て実施しておくべきだった政策ばかりだが、冷戦後は根拠のない楽観主義が蔓延し、必要な改革は棚上げされた。その状況は過去26年の自公協力時代も継承された。これら政策の実現は容易ではないが、今こそ本気で取り組むべき時だ。高市首相には外交安保でも政策実現を大いに期待したい。