メディア掲載  外交・安全保障  2025.09.25

それぞれの「終わりの始まり」

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2025911日付)に掲載

米州 中国 ロシア 国際政治

7日夜、石破茂首相が自民党総裁の職を辞すると述べ、退陣を表明した。「遅きに失した」とも批判された。参院選敗北から約50日もたった日曜夜の記者会見。いかにも往生際が悪い。総理大臣の進退がかくも「軽い」ものとは思いもしなかった。

50日間の政争劇は「終わりの始まり」を象徴するとの声すら聞く。だが、それは自民党に限らない。815日のトランプ、プーチン両氏による米露首脳会議、18日の米ウクライナ首脳会談、31日の上海協力機構(SCO)首脳会議から93日の北京軍事パレードまでの一連の首脳外交が暗示する通り、国際社会でもさまざまな「終わりの始まり」が起きている。

■欧州の安定

米アラスカでの米露首脳会談は、プーチン露大統領の欧州現状変更という野心が不変なことを改めて示した。米国は軍事介入に消極的であり、欧州諸国の結束にも限度がある。欧州安定の「終わりの始まり」は既に始まっているようだ。

■兄貴分たるロシア

中国の習近平国家主席が露朝の独裁者を従え北京の軍事パレードを閲兵する姿など、以前は想像すらできなかった。ウクライナ戦争で疲弊しつつあるロシアの対中優位は終わり始めているようだ。

■共産党の正統性

中国の外交目的は明確だ。第1は自国の国威高揚、第2は露朝独裁者との連携強化、第3は中国共産党の対ファシズム戦争勝利という「歴史の書き換え」である。中国は日米など西側諸国を牽制する一方、必ずしも中国になびかないグローバルサウス諸国に対する働きかけを強めているが、幸い成果は限定的のようだ。

まずは国威高揚だが、今回の軍事パレードを見て筆者は「アジア解放」という大義名分を示すため1943年に日本が主催した「大東亜会議」を思い出した。こんなパレードを誇りに思うのは一部の中国人民だけだろう。

次は独裁者同士の連携だ。パレードでは中露朝3人の独裁者がそろったが、3人の野心は同床異夢。いずれも米国との関係が最重要であり、そのためなら他の独裁者を犠牲にすることもいとわないだろう。

3番目は歴史の書き換えだが、これも成功するとは思えない。中国において日本軍と戦ったのは国民党軍であり、共産党が抗日戦争の主役だったとする史実はないからだ。

最後に、「自由貿易の旗手」「戦後秩序の守護者」といった中国の主張も眉唾だ。中国の国家重商主義は自由貿易主義の弱点を突いて繁栄した。戦後秩序の守護者は西側であり、中露は戦後秩序の挑戦者である。習氏が近く失脚するとは思えないが、共産党の正統性には綻びが見え始めたようだ。

■トランプ外交

それでも中露朝の外交攻勢には一定の効果がある。それは習氏のたまものではなく、むしろ米トランプ外交の「オウンゴール」の結果だろう。特に、最近の米国・インド関係の険悪化は憂慮すべきだ。今回インド首相が軍事パレードに参加しなかったことは救いだが、トランプ外交の迷走が続く限り、中露イラン・北朝鮮の高笑いは続くだろう。

■昭和の政党政治

石破首相だけが悪い、などと言うつもりはない。自民党の不振は、欧米諸国でのポピュリズム台頭・現職への逆風と軌を一にする、世界的潮流の一環だからだ。冷戦時代の左右中道大政党によるリアルの統治から、SNS時代の21世紀型ハイブリッド多党化統治に政治は変わりつつある。自民党はこの変化に乗り遅れたのだろう。しかし、SNSで票を集めただけの小政党には国民政党としての責任を負う気概も矜持もない。このままでは日本の政党政治の「終わりの始まり」も近いだろう。