メディア掲載  グローバルエコノミー  2025.09.25

農業政策の歴史(下)

政策研究フォーラム「改革者」(20259月号)に掲載

農業政策

農業基本法から食料・農業・農村基本法へ

食糧管理法による政府買い入れ制度を利用した米価引上げで、生産は増え消費は減少した。この結果、60年代後半から米が過剰となり、3兆円もかけて過剰米をエサや援助用等に処理するとともに、1970年からは減反政策を本格的に実施するようになった。

減反は単なる米減らしではなく、米から他の作物へ転作することに対して補助金を払うことで食料自給率を高めるのだと主張された。しかし、麦や大豆へ転作するには新しい機械や技術が必要である。週末しか農業をしない兼業農家はこのような対応はできないので、転作補助金をもらうため、麦等の種まきをするだけで収穫しない“捨て作り”という対応をした。食料自給率は上がらなかった。

1980年代に入ると、日本の大幅な貿易黒字がアメリカ等から問題視され、日本に対して農産物自由化の要求が高まった。農政でも、規模拡大等の構造改革で農業の国際競争力を高めるべきだという考えが出てきた。同時に、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉による米の部分開放、食糧管理法の廃止、経済界からの株式会社による農地取得の要求、中山間地域の荒廃など、農政を巡る状況も変化した。1999年「食料・農業・農村基本法」が作られた。

農家所得は兼業化等で増加し、農政の目的として掲げることは困難となっていた。新基本法が理念や目的として掲げたのは、食料安全保障と多面的機能である。農業構造については、「国は、効率的かつ安定的な農業経営を育成し、これらの農業経営が農業生産の相当部分を担う農業構造を確立するため、(中略)農業経営の規模の拡大その他農業経営基盤の強化の促進に必要な政策を講ずるものとする。」(第21条)とし、農産物自由化への対応を強く意識した。

今回の食料・農業・農村基本法見直しの背景~再度の揺り戻し

ところが、2024年基本法は見直された。

WTO(世界貿易機関)は機能不全に陥っており、関税撤廃を要求されるかもしれないと思って戦々恐々としたTPP交渉も農業には大きな影響なく妥結した。農産物貿易の自由化要求は遠のいた。農業の国際競争力を心配しなくてもよいと農業界は考えるようになった。

人手不足を指摘される野菜や果物など労働を多く使用する農業と異なり、米麦などの土地利用型農業では、農家戸数が減少し、一戸当たりの規模が大きいほどコストは下がり、所得は増大する。

ところが、農家戸数の減少は、JA農協や自民党農林族にとっては好ましくない。自民党農林族議員・JA農協・農林水産省の農政トライアングルは、農業従事者や農家戸数が減少すると農業生産が減少して食料安全保障が危うくなるという主張を行うようになった。

しかし、1995年から今日まで、農業従事者数は7割も減少しているのに、農業生産額(物価変動を除いた実質値)は1割しか減少していない。この60年間で酪農家戸数は40万戸から14000戸に減少したにもかかわらず、生乳生産は200万トンから750万トンに4倍弱も増加した。

米でも兼業農家が退出したあとは主業農家が引き受けるので、食料供給に支障はない。米作農業について、担い手(主業農家や法人)への農地集積による規模拡大、これによるコストダウン、競争力の強化を実現するためには、農家戸数が減少しなければならない。

また、彼らはウクライナ侵攻で高まっている食料危機への不安を農業保護増大の好機だととらえている。国民や消費者からすれば、同じ負担をしてコストの高い国産穀物を少量(例えば100万トン)手に入れるよりも、安い外国産穀物を大量に(1000万トン)輸入し備蓄する方が、いざというときの食料危機を克服するうえで効果的である。どんなに高くても国産の戦闘機を買うべきだという人はいない。それでは、国内農業が維持できないのではないかという疑問もあるかもしれないが、それは国内農業が自ら競争力向上で対応すべき問題である。

しかし、国産の方が安心できるという非常に非論理的な主張が通ってしまう。既に、農林族議員は、食料安全保障のためには、麦、大豆、飼料の国産振興が必要だと主張している。ただし、これは50年以上も膨大な財政負担を行いながら効果を上げなかった政策の繰り返しである。

医療のように、本来財政負担が行われれば、国民は安く財やサービスの提供を受けられるはずなのに、減反は補助金(納税者負担)を出して米価を上げる(消費者負担増加)という異常な政策である。国民消費者は納税者として消費者として二重の負担をしている。主食の米の価格を上げることは、消費税以上に逆進的だ。さらに、水田を水田として利用してこそ、洪水防止や水資源のかん養などの多面的機能を発揮できるのに、50年もその機能を損なうことに補助金を出してきた。「経世済民」とは対極にある減反は、経済学的には最悪の政策である。

農政を国民の手に取り戻す

重要なことは、国民・消費者に食料を安価で安定的に供給することを基本とすることである。

輸入途絶という危機の時に、どれだけの食料が必要なのか?

この場合、小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入穀物に依存する畜産はほぼ壊滅する。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の戦中・戦後の食生活に戻るしかない。

12550万人に当時の米の11日当たりの配給量の23勺を確保するためには、玄米で1600万トンが必要となる。しかし、1967年に1445万トンのコメ生産を実現したが、それ以降減反でどんどん減少dさせてきた。今の生産は約700万トンである。輸入途絶という危機が起きると、国民は半年たたないうちに餓死する。

農政トライアングルは、米生産を維持するためには高い米価が必要だとして米生産を減少させている。言っていることは支離滅裂だ。1960年から比べて、世界の米生産は3.5倍に増加した。日本は補助金を出してまで主食の米の生産を4割減少させた。

減反を廃止して米価を下げれば、貧しい人のための物価対策になるし、財政的にも3500億円の減反補助金を廃止できる。米価が下がって困る主業農家への補てん(直接支払い)は1500億円くらいで済む。サラリーマン収入に依存している兼業農家には、所得補償となる直接支払いは不要である。

農政はJA農協を中心とした農政トライアングルという特定の利益集団のために運営されている。農林水産省は「国民全体の奉仕者」ではない。

見直すべきは、基本法ではなく、基本法の掲げた目的に反している農政である。国民は農政を農政トライアングルから奪い返さなければならない。