ヘグセス米国防長官は、米国防総省の諜報部門である国防情報局(DIA)のクルーズ局長を解任した。事実関係はおおむね次の通りだ。
「またか」という読者の反応は至極ごもっとも。第2期トランプ政権発足後、ブラウン統合参謀本部議長、フランケティ海軍作戦部長、ホーク国家安全保障局長ら軍・情報機関高官の解任が相次いだからだ。しかも、8月1日には雇用統計の数値が気に入らないという理由で米労働省の労働統計局長が更迭されたばかり。
内外識者はこれを、トランプ政権の「客観的事実」より「政治的忠誠心」を優先する情実人事と批判する。だが、今回のDIA局長更迭には情実人事とは次元の異なる重大な問題がある。今回は筆者がそう考える理由を書こう。
諜報機関は政策を議論しない。大統領や首相に「どの政策が良いか」と問われても、直接は答えない。個々の政策オプションにつき分析結果を淡々と伝えるのみである。
諜報機関が政治的判断をすれば、事実に基づく分析はねじ曲げられる。客観的事実に基づかなければ、正しい政策判断は不可能だからだ。
巨大な軍隊や最先端のハイテク兵器だけでは戦争に勝てない。敵が攻めてくる日時と場所、戦闘の後に敵が戦闘能力をどの程度失ったか、長期的に勝利は可能か…。軍諜報機関の使命はこれらについて正確な情報(インテリジェンス)をつかむことである。
政治目的のために、軍の諜報機関が客観的事実より政治判断を優先すれば、そもそも軍事戦略など立案不可能だ。米軍が世界最強である理由はその規模や技術レベルだけではない。巨額のコストをかけて膨大かつ正確な軍事情報を収集し、政治的に中立な立場から分析する能力を維持しているからこそ強いのである。
軍諜報機関といえば、日米開戦直前に設立された首相直属の「総力戦研究所」を思い出す。1941年、開戦した場合の日米の国力・生産力を徹底的に比較分析した結果、次の結論に達したそうだ。
だが、当時の政府上層部はこれを「現実離れ」として無視した。似たような分析は旧帝国海軍大学校の図上演習でも行われた。そこでも上層部は「結果は不都合」と判断し、演習を中断させたという。これって、現在のトランプ政権とどこが違うのか。
当時の軍上層部は既に開戦に傾いていたので、都合の悪い情報は排除したのだろう。これでは戦争に勝てるはずがない。今のトランプ政権は、政治的判断を優先するあまり、米軍の総合的戦闘能力、すなわち米国の抑止力を著しく劣化させていると筆者は見る。
翻って日本を見れば、状況は米国以下だ。そもそも日本には主要国レベルの「対外諜報機関」がない。情報の「収集工作」と「調査分析」も未分化だ。「戦争はしない」という政治目的が優先され、国会等で客観的事実に基づく「彼我の戦闘能力比較」の議論が行われた形跡もない。日本はトランプ政権を笑えないのである。