メディア掲載  エネルギー・環境  2025.08.07

食料安全保障を真面目に議論しよう(3)

食料・農業・農村基本計画を論評する 《7

週刊農林(202575日号)に掲載

農業政策

農水省こそが食料リスク

農業界は食料安全保障を主張する。しかし、彼らはこれを農業予算確保や関税維持に利用するだけで、真剣に検討したことはない。食料安全保障とは国民消費者の主張で農業界のものではないからだ。農業所得の向上が必要とも言うが、同類の財政負担をしても国内農業が国民に必要な食料の半分しか供給できず、輸入食料・備蓄が十分な食料を供給できるなら、農業を保護すべきではない。百万人の農民を豊かにして12千万人の国民を餓死させるなら農水省は廃止すべきだ。

米生産を維持するため米価を上げて農家の所得を向上する必要があると言いながら、その手段として米生産を減少させるのは矛盾してないか。戦前農林省の減反案を潰したのは陸軍省だし、食料供給を減少させる減反は食料安全保障を損なっている。1960年から世界の米生産は3.6倍に増えているのに日本は補助金を出して4割も減らした。農水省や農業界こそが食料リスクなのだ。同省の職員には国家や国民のために仕事をしているという意識はないだろう。

2024年の食料困難事態対策法もレベルの低さに驚かされた。6月に輸入途絶という緊急事態が生じたときに、農家に米の増産を支持しても手に入るのは翌年の9月だ。それまでに国民全てが餓死する。そもそも国民を飢えさせないだけの農地は転用等で存在しない。「特定食料(コメや小麦等の重要食料)の供給が大幅に不足し、又は不足するおそれが高いため、国民生活の安全又は国民経済の円滑な運営に支障が生じたと認められる事態」は“食料供給困難事態”ではない。農水省は食料消費に代替性があることを理解できないようだ。米が不作または輸入困難となっても、小麦を輸入すれば食糧危機は生じない。全面的に食料が供給不足に陥らない限り、日本に飢餓は生じない。しかし、それへの備えはない。同省には経済学の知識だけでなく、表で示すように危険は段階的に深刻化するという時間の概念も決定的に欠落している。

農水省は穀物価格の高騰、世界的な凶作などを指摘するが、これらで日本に食料危機は起きない。起きるとすれば、日本周辺のシーレーンが破壊され輸入が途絶する事態である。これは台湾有事の場合に限らない。海に囲まれ海上封鎖に脆弱性を抱えている日本に対し、アメリカは飢餓作戦“Operation STARVATION”を展開し、太平洋戦争に勝利した。23勺の配給を21勺に引き下げざるを得なくなったとき、日本はポツダム宣言を受諾した。

戦中戦後を通じて、人口7200万人、コメ生産約900万トン、農地面積600万ヘクタールでも、米消費量の約2割を依存していた輸入の途絶が日本を敗北させ、これに1945年産米の大不作(公式統計では587万トン、実際には700万トン程度)が加わって終戦直後未曽有の食糧難は起きた。

今は、人口は12500万人もいるのに、当時の平均をはるかに下回るコメ生産(735万トン(2024年産米))と農地(430万ヘクタール)しかない。備蓄量は、米、小麦、飼料穀物(トウモロコシなど)、それぞれ100万トン程度だ。戦前はほぼカロリーを自給していたのに、今のカロリー食料自給率は4割を切っている。シーレーンが破壊されれば、戦後の日本を救ったアメリカからの援助は日本に届かない。

主食の米を減産した日本に対し、中国は1961年以降、米は4倍、大豆は3倍、小麦は9倍、トウモロコシは14倍に生産を増やしている。中国の穀物備蓄は、米も小麦も1億トンを超えている。

輸入途絶で何をなすべきか?

輸入が途絶すると、戦中戦後の米主体の食生活に戻る。しかし、必要なカロリーの半分くらいしか賄えなかった戦中の配給を実施するだけでも、1600万トンの米が必要である。ところが、減反政策によって、備蓄などを入れても800万トン程度しか供給量がない。配給制度を導入しても半年後には国民全体が餓死する。いつ危機が起きるかわからないので、今すぐ減反を廃止して国内生産を最大限にするとともに、穀物や大豆を輸入して備蓄しておくしかない。

輸入が途絶するときは、輸入飼料に依存している畜産も壊滅的な打撃を受ける。家畜を処分すれば、しばらくは食肉を食べることにより飢えをしのぐことができるが、大量の食肉を保存するための倉庫およびエネルギーを確保しておかなければならない。

輸入途絶がさらに(1年以上)続くような場合は、国内生産に加え、輸入食料(穀物)や石油や肥料原料などの生産資材の備蓄で対応するしかない。危機がさらに長期化・深刻化して、機械、肥料、農薬が使えなくなれば、それらの生産要素を労働で代替せざるを得ない。田植えは手植えになる。雑草も手で抜くしかない。しかし、労働集約型の農業技術はほぼ消滅している。今の農業者も機械や化学肥料が使えない農業では素人である。単収は激減する。農地面積当たりの農業生産能力は終戦直後の状況さえも維持できない可能性が高い。

段階 課題 主な対応策
危機発生初年度
(フェイズⅠ)
・減反により米の供給量800万トン
・輸入飼料途絶で畜産業維持困難
・危機発生よりかなり前から減反廃止、生産増加により米1700万トン生産
・家畜のと殺、食肉を冷凍貯蔵
・配給制度の実施
危機発生次年度
(フェイズⅡ)
・減反は当然廃止
・前年の米生産は石油・化学肥料の供給減により、減反廃止でも1700万トンより減少
・石油・化学肥料等の生産資材の備蓄
・二毛作の復活
・農地の拡充(ゴルフ場等の活用含む)
・品種改良
・バイオスティミュラント等の開発普及
・輸入食料の大量備蓄
・配給制度の実施
食糧・生産資材の備蓄枯渇
(フェイズⅢ)
・国内生産量は大きく減少 ・国民皆農
・アメリカ等から食糧空輸


段階ごとに必要となる対策をまとめると上表のようになろう。

Produce More with Less

農地面積が減少しているので、生産を増やすためには、石油エネルギーなどの使用制約がある中で単収を増加するしかない。少ない生産要素で多くの物を作るのだ。その一つは裏作物を生産できるうえ化学肥料や農薬の使用を節約できる二毛作の復活である。対象作物としては、エネルギーを要する加工過程を節約できる粒食の大麦・はだか麦が好ましい。6月の田植えで猛暑による精米歩留まりの減少を回避できる。

非耕法(不耕起栽培)やカバークロップ(土壌改良のための被覆作物)を今のうちから推進すべきである。バイオ殺虫剤、バイオ除草剤、バイオスティミュラントを活用することで、生産資材の海外依存を緩和できる。ゲノム編集は収量を一気に倍増するなどのブレークスルー的な要素を持つうえ、遺伝子組み換え技術に比べ小さな企業や大学の研究者たちでも活用できる。中国は、ゲノム編集による大幅な生産増加を意図して、アメリカの大学・研究機関に優秀な人材を多数派遣している。

最後に、AIの活用である。データの相互利用、互換性(interoperability)を確保しながら、気象、土壌、水分等について異なる多数の地域や年を含むビッグデータを構築する必要がある。多数の変数を持つ関数で規定される現象を幾重にも反復積み重ねることによって、AIの分析や予測の精度は向上していく。WAGRIのように個々の企業などが散発的に持っている情報を合わせてもビッグデータにはならない。世界でAI農業を推進している企業や研究者が一様に強調するのは、正確で多くのデータの必要性である。ゴミを入れてもゴミしか出てこないと言う。

情報を収集・分析・提供する機関として、全農家をカバーする「農業IT協同組合」を設立する。ここにIT専門家を置き、農家への経営・技術コンサルタント業務による収入により運営する。これが収集する情報の種類・用語・内容は政府が統一したうえで、これらの情報をまとめたビッグデータを管理する独立した行政組織を設置する。現在様々な組織が持っている気象情報、地図情報、農地情報もここに集約する。この組合は、収量、地力、日々の気象条件と具体的な農作業など個々の農家から収集したパーソナルデータを一次処理(匿名性の確保を含む)してビッグデータに提供すると同時に、ビッグデータと個々の農家のその時々のパーソナルデータを組み合わせて、選択する作物、施肥、田植えや収穫のタイミング等を農家に教示する。ビッグデータを前提にしたAIの活用によって、限られた資源を活用して農業生産を最大化することが可能となる。これは食料安全保障にも貢献する。