「米騒動」と表現される昨年来のコメ不足の事態は、単年度需給均衡主義や減反政策など日本のコメ生産の構造的な問題を顕在化させた。今後日本、そして日本人は主食のコメをどう考え、向き合っていくべきなのか。2025年産米収穫の本格化を前に、識者2人が論じた。
米価格暴騰の本質は生産量不足であり、要因は大きく三つの政策的誤りにある。第一は、政府の主食用米生産量統計の取り方がまずく、消費者に届く実態より過大に把握されてきたこと。第二は、自然相手の産業であり豊凶はつきものであるのに、財政負担を絶対に回避しようと単年度の需給均衡主義を50年以上も続けてきたこと。需要実績に対する生産実績の不足は政府統計の実態乖離分を加えると2021~24年産累積で90万トン近くに及んでいる可能性がある。第三が、約30年も生産者が受け取る米価を低迷させてきたこと。例えば23年までの小売精米価格は生産コストを勘案した適正価格より大幅に低い(図)。
以上から、日本で唯一、国内自給が可能な基礎食料であるコメ生産を将来も持続させ、食料安全保障を確保するのに必要なコメ・水田農業政策を次のように考えたい。
「小規模経営の適正コストを賄うような政策はせずにそれら経営を排除し、大型機械が疾走できる大区画整備水田で大規模・低コスト経営がコメ生産の圧倒的部分となる構造改革をやってこそ、消費者も生産者もウィンウィン」という主張が今もある。だが小規模経営が離農してもその農地の受け手を確保する困難さが西日本や中山間地域農村をはじめ全国に広がってきており、大規模経営化一辺倒の構造改革は行き詰まっている。
1ヘクタール以上に大区画整備された水田は6.3%に過ぎず、また水田の34%(中国70%、四国43%、九州39%)が存在する中山間地域での大区画整備は費用面でも環境影響面でも容易でない。なのに現実の比重が小さい大規模経営のコストを「先取り」した価格や所得で済まそうとすれば、漸進的に実現するのを常としてきた水稲生産性向上も阻害され、現存する大規模経営さえ苦境に陥る。
農業支援予算削減や米価抑制ばかりの「緊縮財政主義」「コストカット経済主義」は、激変する今日の世界政治経済情勢下のわが国食料安全保障をいっそう危うくするだろう。
▼いそだ・ひろし 1960年、埼玉県生まれ。九州大農学部卒業、九州経済調査協会、佐賀大経済学部を経て九州大大学院農学研究院教授(2025年3月定年退職)。著書に「世界農業食料貿易構造把握の理論と実証」(筑波書房、23年)など。博士(農学)。 |
水田を活用しないのはモッタイナイ。今回の米騒動の最大の原因は減反政策だ。水田の4割を減反して1千万トン可能な生産を650万トン程度に抑えていた。減反を止めて350万トン輸出していれば、輸出を減らすことで国内の供給に支障は生じなかった。1960年から世界のコメ生産は3.7倍に増えているのに、日本は減反補助金を出して4割減らした。シーレーンが破壊され食料輸入が途絶すると、戦時中の2合3勺の配給確保に1600万トンのコメが必要となるのに、今はその半分しかない。減反は安全保障と相いれない。戦前の農林水産省の減反案を潰したのは陸軍省だ。
減反の目的はコメ生産の減少なので、コメの面積当たり収量(単収)を増加させる品種改良はタブーになった。今では、飛行機で種まきしている米国の単収は日本の1.6倍。1960年ごろ日本の半分しかなかった中国に抜かれた。水田面積全てに米国並みの単収のコメを作付けすれば、1700万~1900万トンのコメを生産することができる。5千万トン程度の世界のコメ市場で日本が1千万トン輸出すれば、世界の食料安全保障に大きく貢献できる。輸入ができないときには輸出していたコメを食べれば飢餓をまぬかれる。平時の輸出は無償の備蓄の役割を果たす。
毎年3500億円の減反補助金で供給を減らし米価を上げている。財政負担を行うことで国民は安く医療サービスを受けられるのに、コメでは国民は納税者として負担して消費者としてさらに負担する。水田を水田として利用するから、水資源の涵養、洪水防止、生物のゆりかごなどの機能を発揮できるのに、50年以上も水田として利用しないことに補助金を払っている。
農家の7割ほどがコメを作っているが農業生産額に占めるコメの割合は16%に過ぎない。高米価・減反政策でコメ農業に多数の零細な農家が滞留している。零細な農家の経営はずっと赤字だが、本業はサラリーマンなどで年間30日くらいしか農業に従事していない。
最近カリフォルニア米との価格差はほぼ解消した。減反を廃止すれば米価はさらに低下し、輸出は増える。消費者は利益を受ける。コストが高い零細農家は耕作を止めて主業農家に農地を貸し出す。米価が下がって困る主業農家への直接支払いは1500億円くらいで済む。この直接支払いは地代補助の働きをし、農地は円滑に主業農家に集積する。規模拡大で主業農家のコストが下がると、その収益は増加し、元兼業農家である地主に払う地代も上昇する。
農業所得がマイナスの零細農家が何戸集まってもプラスにならない。今のままでは集落営農も先が見えない。しかし、1人の農業者に30ヘクタールの農地を任せると、2千万円近い所得を稼いでくれる。これを地代として配分すれば集落全体の利益になる。地代は、地主が農業のインフラ整備にあたる農地や水路等の維持管理を行うことへの対価である。健全な店子(主業農家)がいるから、家賃によってビルの大家(地主)も補修や修繕ができる。農業を行う人とそのインフラを整備する人との役割分担をはっきりさせなければ、農村集落は衰退する。農村振興のためにも農業の構造改革が必要なのだ。条件が不利な中山間地域の農業には、私が農水省在職時の2000年度に導入した直接支払いを単価も含めて拡充すべきだ。
直接支払いをどのように活かすかは、個々の経営や集落の創意工夫にかかっている。今後農業経営者に必要になるのは、政府に頼らない自助の精神だろう。2014年米価が下がったとき、ある女性農業者は次のように言い切っている。「弱音を吐いて誰かに助けを求めているようでは、農業は人から憧れられるような職業にはならない」
▼やました・かずひと 1955年、岡山県生まれ。東京大法学部卒業、農林水産省農村振興局次長、経済産業研究所上席研究員などを経て2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に「食料安全保障の研究」(日本経済新聞出版、24年)など。博士(農学)。 |