メディア掲載  グローバルエコノミー  2025.07.03

柳田國男たちの農政論

商工ジャーナル(2025530日)に掲載

農業政策

コメの価格が高騰している。農水省は、昨年夏「コメは不足していない。2024年産米が供給される秋以降米価は低下する」と主張し、米価が急騰すると「業者が投機目的で在庫を積み増して隠している」と主張を変えた。この“消えたコメ”の存在を証明しようと小規模業者を調べたが、在庫は積み増されているどころか減っていた。実は昨年夏からコメの供給は40t減っている。無いものをあると証明することは無理だった。同省がコメ不足を認めようとしなかったのは、備蓄米を放出させられて米価が下がることを恐れたからだ。やむなく備蓄米を放出したが、スーパー等に近い卸売業者ではなく、放出に反対していたJA(農協)に販売している。しかも1年後に買い戻すとしているので供給量は増えない。

農水省は農家に毎年3500億円の補助金を払いコメ生産を減少させ、米価を市場価格より高く維持してきた。高コストの零細兼業農家が農業に滞留し、兼業収入や農地の転用利益が預金されたJAバンクは、日本有数のメガバンクに発展した。コメ農業に多数の農家がいる。コメは農業生産額の16%なのに、農家の7割もが米を作っている。コメでは1ha未満の経営体は数では52%のシェアなのに、面積では8%を耕すだけである。他方、30ha以上の経営体は、数では2.4%しかないのに、面積では44%も占めている。零細な兼業農家は食料生産という観点からは重要ではないが、多くの兼業農家が滞留することはJA農協の発展に重要だった。

私の農水省の最初の先輩である柳田國男は、農民を貧困から救うために活動した。しかし、米価を上げて農家所得を増やすことは貧しい国民消費者を苦しめるので、柳田は断固として拒否した。彼は関税を導入して米価を上げようとする地主階級や農学界の重鎮と対決した。彼の影響を受けた後輩で『貧乏物語』の著者として有名な河上肇は、農業を振興して食料品価格を安くして工業の国際競争力を向上するという農相工業併進論を唱えた。このため「一国の農産物価格を人為的に騰貴せしめ、之によりて農民の衰頽(すいたい)を防がんとするが如きは、最も不健全なる思想」と主張する。

農民を救うために柳田は、規模拡大、生産性向上によるコストダウンを主張する。価格を上げなくてもコストを下げれば所得は増加するからだ。柳田の頭の中には常に国民全体のための“経世済民”があった。これが東畑精一(農業経済学者)と小倉武一(農林官僚)による1961年農業基本法までの農政本流の思想だった。

戦前、農林省の減反案を葬ったのは陸軍省だった。減反は安全保障と真逆の政策だ。主食の生産を減らすような国家はない。我が国は減反で生産できる量を半分に減らしている。今輸入食料が途絶すると国民は半年も経たずに餓死する。「国民に食料を供給するからこそ農は国の本であり農を貴しとするのであって、それができない農業は一顧の価値もない」とは、戦前の農政の大御所、石黒忠篤(農林官僚・政治家)の遺訓だったはずだ。


世の中を治め、民を救うこと。