令和のコメ騒動は農政を象徴するような出来事だった。
なぜコメがなくなり値段が高騰したのか?
昨年夏スーパーの棚からコメが消えた。農水省が長年調べてきたJA農協や大手卸売業者の民間在庫は昨年の5月頃から前年同月比で40万トン減少していた。端境期の9月には50万トン減少し、以降今年の2月まで40万トンの減少が続いている。
2021年産米が玄米60キログラム当たり1万3千円に低下して以降、農水省とJA農協は減反を強化して米価を引き上げようとしていた。23年産米は作付け前から減反で対前年比10万トン減少していた。さらに、登熟期に猛暑の影響を受け、玄米から精米にする過程で流通から排除される白濁米などの被害粒が生じた。被害粒の多さなどでコメは等級化される。一等米が減り3等米が増えたことなどから猛暑の影響は30万トンと推計される。これらによって40万トン程度の供給不足が生じた。これは在庫の減少と符合している。なお、インバウンドによる消費増加はせいぜい2万トン程度で大きなものではない。
24年産米は本来昨年の10月から今年の9月にかけて消費される。23年産米の供給が40万トン足りなくなったので、昨年の8月から9月にかけて24年産米を先食いした。つまり、24年産米の供給は昨年の10月時点で既に40万トン不足していた。これが今年の2月まで在庫が前年同月比で40万トン減少している理由である。コメも他の産品と同様需要と供給で価格は決まる。コメの年間流通量を500万トンとして、昨年10月の40万トンとそれから半年経ち残りの期間の必要量が250万トンとなったときの40万トンでは、後者の方が不足の度合いは大きい。だから米価は昨年10月から最近の2万6千円の水準まで徐々に上がってきたのである。
昨年夏から農水省はウソと訂正を重ねてきた。しかし、その裏に一貫しているのは“コメ不足を認めたくない”という態度である。
まず、被害粒の増加で農家が販売する玄米から消費者が購入する精米への歩留まりが低下し、23年産米の実供給量が減少していることは、一等米の比率が減少した23年秋の等級検査で農水省は分かっていたはずである。だから、民間在庫量は減少した。これが理解できないほどではないとすると、同省は意図的に23年産米の不足を隠していたことになる。
昨年夏のコメ不足を、南海トラフ地震の臨時発表を受け一時的にコメの需要が急増したからだと農水省は説明した。供給の場合と異なり、偶発的な需要の増加なら責任を問われないと判断したのだ。しかし、それなら民間業者から家庭への在庫のシフトが生じ、8月の民間在庫量は減少しているはずなのに、そうではなかった。そもそも一般家庭で大量の備蓄を行うスペースがあるはずもなく、また保存のきかない精米を備蓄すれば、その後のコメの購買量は減少して値段は下がるはずなのに、逆に上昇した。
農水省は、民間備蓄は十分あるので不足していないとして、大阪府知事からの備蓄米放出要請を拒否し、卸売業者等に在庫の放出を要請した。卸売業者が在庫を放出しないからだとして、責任を卸売業者に押し付けたのだ。
在庫には金利や倉庫料の負担が伴う。在庫は持たないに越したことはない。それなのに在庫を持つのは、端境期や不作時への対応などの理由があるからである。自由に在庫が処分できるのであれば、米価が高騰しているのだから、卸売業者は在庫を取り崩して小売りに販売し、大きな利益を上げたはずである。実は、農水省の要請する前にコメ業界は不足分を在庫の取り崩しで対応していた。その結果、24年7月末の在庫は8~9月の端境期のコメ消費を賄えない異常な水準にまで低下していた。
農水省は9月になれば新米(24産米)が供給されるので、コメ不足は解消され米価は低下すると主張した。だが、私の主張通り逆に価格が上昇すると、こんどは流通段階で誰かが投機目的でコメをため込んでいて流通していないからだと主張した。この量はJA農協の在庫の減少分21万トンだと主張した。同時に24年産米の生産は18万トン増えているので供給は不足してなく、 “流通の目詰まり”、“消えたコメ”に問題があるという主張を展開した。
しかし、生産が18万トン増えて在庫が21万トン減っていれば、“消えたコメ”は39万トンのはずである。また、卸売業者も含めた民間の在庫減少は44万トンだったので、62万トンが消えたはずである。62万トンは最大のコメ生産県新潟の生産量を凌ぐ。21万トンでも東京ドームの敷地に30キログラムの袋を敷き詰めて6メートルの高さになる。これだけの量を転売業者が隠せるのだろうか。しかもコメは適切に保管しないとカビや虫が湧いたりネズミに食べられたりする。1万トンのコメを保管するのに年間1億円かかる。21万トンで21億円である。
農水省は今年に入りこれまで把握してなかった小規模事業者の在庫調査を行ったが、これら業者は在庫を増やすどころか、逆に前年比で5956トンも減少させていた。“消えたコメ”はなかったのである。同省は“ないものをある”とする証明に失敗した。そもそもコメにはトレーサビリティ法があるので、コメが消えることはあり得なかった。農水省は、また「生産者で9万トン、卸売業者で3万トン、小売や外食などを含む流通段階で7万トン、前の年より合計で19万トン在庫が増えている」と説明したが、これは生産が増えたという18万トンに比べ、在庫が1万トン増えたというだけで米価急騰の説明になっていなかった。
農水省のウソをマスコミは事実を確認しないで、そのまま報道した。テレビに出るコメの専門家も同じだった。ウソを見破られる人がいなかったことが農水省には幸いした。私が昨年夏から様々な媒体で主張してきたことを読めば同省のウソが分かったのに、まさか官庁がウソをつくとは信じられなかったのだろう。
農水省がウソを重ねてきたのは、備蓄米を放出して米価が下がることを恐れたからだ。放出に踏み切らざるを得なくなっても、“流通の目詰まり”解消のためだと言い、消費者に近い卸売業者や小売業者ではなく放出に反対してきたJA農協に販売するとともに、1年後に買い戻し条件を付けて市場から再びコメの供給を減少させようとしている。
農水省はあくまでも米価を維持したいのである。しかし、価格でなくても欧米のように政府から直接支払いを交付すれば、農家の所得を維持しつつ米価を下げて消費者の家計を安定させることができる。それなのに、なぜ農水省は米価の維持にこだわるのだろうか?ここに農政の闇がある。