メディア掲載  外交・安全保障  2025.06.12

バチカンから見える「世界」

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(202565日付)に掲載

国際政治

518日、バチカンのサンピエトロ広場で新ローマ教皇レオ14世の就任式が厳かに執り行われた。日本からは麻生太郎元首相が参列、4月の前教皇葬儀では米ウクライナ首脳会談が行われるなど、ローマ教皇の交代はカトリックのみならずキリスト教世界の大事件。されど日本では「バチカン」に対する知的関心が低いのは一体なぜなのか。

◆そもそもバチカンとは

「バチカン」は世界に約14億人の信者を抱えるカトリックの総本山たる「教皇聖座」と「バチカン市国」の総称だ。この巨大宗教組織は世界、特に「グローバルサウス」(新興・途上国)の精神的側面に大きな影響力を有している。残念ながら、この点、一神教世界に属さない日本ではあまり知られていない。

「教皇聖座」は宗教機関であると同時に国家的性格も有し、国連を含む多くの国際機関に加盟またはオブザーバー参加している。「バチカン市国」は「教皇聖座」を擁する面積0.44平方キロ、人口約800人の小さな国家であり、「ローマ教皇庁」がその政府の役割を果たしている。

◆初の「米国出身」教皇

昔は「超大国・米国から教皇は選ばない」という都市伝説すらあったらしいが、シカゴ生まれの枢機卿が教皇に選ばれた理由は諸説ある。米国人である「にもかかわらず」そのバランス感覚や人柄で選ばれたと見る説に対し、トランプ米政権を牽制するため、すなわち米国人「だからこそ」選ばれたと見る説もあると聞いた。

後者の「トランプ牽制」説には難がある。そもそも米国キリスト教の主流はプロテスタント、人口の2割程度のカトリックは差別と偏見の対象ですらあったからだ。

一方、前者の「人柄」説も疑問が残る。確かに、カトリック世界は中絶、同性愛、離婚、移民、気候変動、軍縮などで割れており、伝統教義を優先するか、貧者に寄り添うべきかで議論が続いている。それでも、従来と異なるような新たな見解を新教皇が示した形跡はないようだ。

◆新教皇の祈り

確かに、レオ14世の祈りの内容はフランシスコ前教皇のメッセージを踏襲するものが少なくない。

主たる柱は、以下のような内容だ。

  • 対話を通じて橋を築く
  • 真に公正で永続的な平和
  • 苦しむ者や弱者に寄り添う
  • 暗闇を照らす灯台たる教会

さらに、新教皇は外交面でも次のように結構発言している。

  • 以前は、ロシアによるウクライナ侵攻を「帝国主義的戦争」と非難していた
  • 米国出身ながら、過去にはトランプ政権の移民政策に批判的立場を示していた
  • ウクライナとガザなどの国際紛争解決に向け、バチカンの伝統的役割を強調する


◆バチカンと中国

特に、中国とカトリック教会の関係は微妙だ。長年中国政府はローマ教皇による司教任命を「内政干渉」と拒否してきたが、2018年、両者は司教の任命方法につき暫定的に合意した。同合意はこれまで2度、2年間ずつ延長され、さらに昨年、4年間延長されている。

中国のカトリック信者は、共産党統制下での信仰という困難な状況を教皇が真剣に受け止め、明確な指針を示すことを期待しているらしい。

バチカンは台湾(中華民国)と正式な外交関係を持つ国であるばかりか、同様の関係を有する中南米諸国のカトリック信者に少なからぬ影響力を有している。

されば、レオ14世の対中姿勢は、カトリックと中国の関係にとどまらず、中国と欧米キリスト教社会との関係や台湾の将来にも影響を及ぼすのだ。バチカンの政治的影響力を決して過小評価してはならない。