メディア掲載  外交・安全保障  2025.04.25

もう一人のR・アーミテージ

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2025424日付)に掲載

国際政治

413日、日本はリチャード・アーミテージ元米国務副長官という得難い友人を失った。多くの日米関係者が「アジア安全保障政策の巨頭」「日米同盟を支えた巨木」などと同氏の死を悼んだ。早速ウィキペディアで検索すると、驚くなかれ、日本語版には「知日派として日米外交に大きな役割を果たしてきた」とあるのに、英語版では日本への言及がほとんどない。一体なぜだろう。理由はちょっと複雑のようだ。

◆実は中東通

知日派といわれたアーミテージ氏だが、実は彼が中東情勢にも精通していたことはあまり知られていない。父親ブッシュ大統領時代には中東「水問題」仲裁担当の大統領特使や湾岸戦争の際のヨルダン国王担当特使を務めた。筆者も在米大使館時代には当時のアーミテージ・アソシエイツを訪れては中東に関し意見交換したものだ。同氏とアラビア語でしゃべったことはないが、中東に関する彼の知識は並の専門家をはるかに超えていた。

◆知日派なのか

知日派だということについては、うーん、それもどうかなぁ。アーミテージ氏はベトナム語を流暢に話したものの、彼の日本語を聞いたことはない。ワシントンでは「Mr.ジャパン」、「すし食べ過ぎ」などと揶揄されたが、同氏は日本語・日本文化の大好きな「親日家」では決してなかった。では、なぜ日本には彼のファンや信奉者が多かったのか。

1の理由は、アーミテージ氏が日米安保をめぐる両国内政事情に精通していたからだ。1991年湾岸戦争や2003年イラク戦争の際、詳細は言えないが、日本はアーミテージ氏に何度も助けられた。

しかし、彼が米国の国益を犠牲にしてまで日本のために動いたことは一度もない。同氏は、トランプ氏とは全く逆の意味で、米国の国益を常に第一に考える真の愛国者だったと思う。

◆外圧か、福音か

2の理由は、アーミテージ氏のような有力者が内外、特に日本国内からの批判を恐れず、「正論」を吐き続けたからだ。これが結果的に日本の安保政策の改善に大いに役立った。日本の安保担当者は彼の「正論」をてこに、外圧に弱い日本国内の反対論者の説得を試み見事に成功してきた。この点、米国の某友人は「他の外国人が言えば『外圧』だが、アーミテージが言えば『福音』になる」と評していた。

◆ウィキ英語版の謎

以上のような現象は中東では絶対に起きない。ワシントンの「国際政治」業界の中で「中東」は今も大きな市場であり、多数のコンサルタントが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する。これに比べれば「アジア」市場は規模がまだ小さい。だからこそ、アーミテージ氏のような存在が貴重かつ効果的なのだろう。

逆に言えば、「アーミテージ」は、日本語の世界では超有名ブランドとはいえ、英語の世界では数ある有力コンサルタントの一人にすぎない。ウィキペディア英語版に日本への言及がない理由はこれだろう。

◆反トランプ

アーミテージ氏は、冷戦時代から最近まで日米間の意思疎通に大いに貢献した偉大な政治家の一人だったが、当然ながら現大統領とはそりが合わず、過去3回の大統領選では民主党候補への投票を公言していた。

米国の別の友人はアーミテージ氏を「聡明で勇猛果敢ながら大の噂好き」と形容しており、実に言い得て妙だ。体はボディービルで鍛えた厚い胸板だが、頭脳は極めて明晰で無駄話をしない、実に頼りになる男だった。彼に匹敵する人物は当分現れないだろう。心からご冥福をお祈りしたい。