7日の日経平均株価は前週末比2644円安の3万1136円58銭まで急落、下落幅は過去3番目の規模だった。ニューヨークのダウ平均も乱高下、一時1700ドル下げて終値349ドル安となった。8日の東京市場は反発したものの今も市場は動揺している。
本邦メディア社説はそろってトランプ米政権の「独善的」動きに強く反発、「中小企業支援に万全を期す」一方、「欧州などと結束して毅然(きぜん)と米側に再考を促すべし」と主張する。7日夜には日米首脳が電話協議し閣僚レベルで協議を続けるというが、米側の強硬姿勢に変化は見られない。
モノは試しとAI(人工知能)ソフトに「今後の株価動向」を尋ねたら、「現時点で正確な予測は困難だが、株価の底打ちは、(1)トランプ政権が高関税を継続するか修正・撤回するか次第であり、(2)世界経済が減速すれば株価低迷は長期化し、(3)投資家が不安を感じるほど株価変動は大きくなる」と答える。何だ、この程度なら筆者だって言えるぞ。今回はAIとは異なる筆者の見立てを書こう。
先週某週刊誌に聞かれた筆者は「24%は予測できなかったが、トランプ政権は良くも悪くも有言実行だから、驚かなかった」と回答。同政権の手法は、立ち退きを強要する「地上げ屋」と理不尽な妥協を持ち掛ける「示談屋」の手口だから始末が悪い。だが最大の問題は、政権内の伝統保守派と米国第一を掲げるMAGA(米国を再び偉大に)派で意見が割れていることだと筆者は見る。
今回の「高関税」は単なる「交渉手段」だから妥協は可能か、それとも第二次大戦後の「市場原理と自由貿易」秩序を根本から見直す「政策変更」なのか、で対米交渉の態様は変わってくる。今回の各国の関税率の決め方や関係閣僚のお粗末な説明ぶりを見る限り、トランプ氏自身、明確な政策判断を下しているようには思えない。
30年前、ジュネーブで世界貿易機関(WTO)貿易自由化交渉を経験した筆者には「隔世の感」がある。当時関税撤廃・貿易自由化にあれほど固執した米国は一体どこへ行ったのか。高関税政策を推進するトランプ政権関係者は米国社会の弱体化を憂え、「中国に有利な市場原理と自由貿易では米国は復活しない」、高関税は「短期的に痛みを伴うが長期的には利益だ」と信じて疑わない。
筆者が注目するのはこれら高関税を求める副大統領以下トランプ政権関係者の多くがベトナム戦争後からベルリンの壁崩壊や米中枢同時テロ前までに生まれたY(ミレニアル)世代であることだ。冷戦時代を体験しない彼らには戦後の国際主義や自由貿易体制も過去の「歴史」であって「経験則」ではないのだろう。この世代間の「記憶の断絶」は埋め難いようだ。
経済的に見れば「経済政策の失敗は市場が正すしかない」と筆者は思う。されば、株価下げ止まりは、経営者たるトランプ氏がマーケットの反発を素直に受け止めるか否か次第だろう。これが早ければ世界経済はいずれ回復に向かうが、万一遅ければ、早晩世界経済は米国と中国を中心とする別個のデジタル経済圏に分裂し、そのはざまで中小国が右往左往する状況に陥る。
政治的に見れば、事態はより深刻だ。危機が近づけば政治指導者は時々の勢いや偶然により判断ミスを繰り返す。ミスが積み重なれば「新常態」が生まれ、そこから再び誤算が繰り返される。考えたくもないが、今の米中高関税の応酬合戦は1930年代の悲劇を彷彿させる危うさを秘めている。