メディア掲載  外交・安全保障  2025.03.19

強硬派のパラダイスは拡大

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2025313日付)に掲載

国際政治・外交

半年前の昨年9月、筆者は本コラムでこう書いた。イスラエルのネタニヤフ首相は「強硬派の天国」再建を目指しているようだ。トランプ再選となればその可能性は高まる

巷の関心が「ロシア優位のウクライナ停戦」や「高関税による米中貿易戦争」の可能性に集中する中、今週はあえて別の視点から現在の世界的混乱の原因を分析したい。いつもの通り、話は中東、欧州から東アジアに及ぶ。

◆見捨てられるガザ?

1月に成立したガザ停戦合意はいまだ第2段階に入っていない。イスラエルはガザ撤退を、ハマスも人質の全員解放をそれぞれ渋っているからだ。ガザの「リビエラ化」を提唱するトランプ米政権が本気でパレスチナ問題解決を目指すとは到底思えない。

◆「美しく共存」できる

トランプ政権は再び対イラン強硬策を取り始めた。イスラエルの強硬姿勢も変わらない。イランでは穏健派のペゼシュキアン大統領が対米交渉を模索する中、ハメネイ最高指導者は米国との話し合いを拒否している。

こうした状況を筆者は「強硬派の天国」と呼ぶ。米国、イスラエル、イラン国内の各強硬派は「美しく共存」できる。古くは2005年以降、ワシントンの「ネオコン」、エルサレムの超保守派、テヘランの革命防衛隊など強硬派が相互に「統治の正当性」を強化していた時期がある。

テヘランの対米強硬派がいなければ、米国はネオコン政策を正当化できず、イスラエルのネタニヤフ首相の対外強硬策も続かないからだ。

◆虚を突かれた同盟国

この美しき「強硬派天国」に加わったのがロシアだ。ウクライナのゼレンスキー大統領を「ネオナチ」呼ばわりし、ウクライナを公然と侵略したプーチン露大統領を今やトランプ政権は事実上支援している。

無法者の「強者」の悪事から「弱者」を守るのが米国式「正義」だと信じていた同盟国は虚を突かれた。米国がウクライナを「見捨てる」可能性は現実となりつつある。

今やトランプ政権は対ウクライナ強硬策を取り始めた。こうした姿勢はプーチン政権を救い、米国内の親トランプ派を勢いづける。これが新たな米露間「強硬派天国」の始まりだ。その犠牲者がウクライナと欧州連合(EU)諸国であることは言うまでもない。

◆強化される対中制裁

さらに、この「天国」には中国も参加する。前回筆者はトランプ外交につき、

  • 米国にとって真の脅威は中国だから、
  • 欧州・中東の安保は現地の各同盟国に任せ、
  • 余力は対中抑止に集中するのでは、と書いたが、これを最も恐れるのは中国だろう。


米国の対中懸念は「超党派」であり、トランプ政権の対中強硬策を批判する声はごくわずか。一方、経済が低迷し庶民の不満が渦巻く中国にとり、米国の対中強硬策は自らの失政を正当化する機会となる。悪いのは米国で共産党ではないからだ。かくして米中間でも「強硬派の天国」状態が生起する。

◆「穏健派」移行が鍵に

05年、そしてトランプ政権がイラン核合意から離脱した18年に続いて今、再び「強硬派天国」が出現しつつある。しかも、従来のイラン、イスラエル、米国に加え、新たに中露が参加する「拡大・強硬派天国」が生まれつつあるのだ。

こうした「虚構」の天国を破壊する方法はただ一つ。「強硬策」をやめ「穏健策」に移行することだが、そんなことは内外の政治状況下では極めて難しいだろう。

されば、トランプ政権が失敗に気付くまで「強硬派天国」は続くのか。今のわれわれにそんな余裕はないはずだが