メディア掲載  外交・安全保障  2025.03.06

トランプ外交に「戦略」は

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2025227日付)に掲載

米州 国際政治・外交

「水平線の向こうに光は見えない。クーデターは基本的に完結し、抵抗勢力は残っていないもちろん違法だが違法性など障害にはならない」

これは米国の友人が送ってくれたある米国務省員からのメールの一部だ。連邦政府職員の抱く絶望感がひしひしと伝わってくるではないか。

報道を読む限り、トランプ氏の発言は不規則で一貫性もない。されば、大統領の言動をそのまま受け止める必要はないだろう。そのことは1期目に北朝鮮の金正恩氏と3回会談して全く成果がなかったことでも明らかだ。いかに米大統領とはいえ、国際政治の現実を超えることはできない。一方、ボルトン元国家安全保障問題担当大統領補佐官は、トランプ氏の外交には「哲学も戦略も政策もない」と切り捨てるのだが、筆者の見方はちょっと違う。

◆トランプ外交の因数分解

今のトランプ外交は(1)トランプ氏個人の性格(2)米国社会の変化(3)国際政治的側面-の3つに因数分解できる。

  • 個人的要素としては、反エリート主義、介入なき平和主義、大国主導の国際秩序への強いこだわりが顕著である
  • 米国第一主義の背景には、IT革命と新資本主義経済により取り残された「忘れ去られた人々」の不満がある
  • 国際政治では、対外軍事介入を嫌う平和主義が宥和主義を生み、「力の真空」により地域の不安定化は加速する


どれ一つをとっても、第二次大戦後の伝統的米国外交の基本路線とは相いれないが、今やこれが「新常態」であることも現実であろう。

◆トランプ2.0外交戦略

それでも、トランプ外交に戦略性がないとは思わない。現時点での筆者の仮説は

  • 米軍は世界規模で二正面作戦を戦うことはできない
  • 米軍の介入は最小限とし、負担は同盟国にさせる
  • 米国の真の脅威はロシアやイランではなく、中国だから
  • 米国は欧州・中東の諸問題を現地の各同盟国に任せ、
  • 余力はインド太平洋での中国の抑止に集中すべきではないか、というものだ。

現時点で100%自信があるわけではない。だが、以上が正しければトランプ氏が、

  • ウクライナや欧州諸国の犠牲の下、前のめりでロシアのプーチン大統領との停戦合意を急ぎ、
  • 米露会談をサウジアラビアで開く一方、パレスチナ問題の解決は急がず、イスラエルとサウジの関係正常化交渉再開を水面下で画策し、
  • 中国には経済面で圧力をかけつつ、軍事面では全く妥協する姿勢を見せない理由も、ある程度説明できるだろう。

◆良い警官と悪い警官

もともとは警察尋問技術の一つで、「悪い警官」が相手に攻撃的・否定的態度を取る一方、「良い警官」は同情的態度を示すことで、相手から自白を引き出す手法。通常の外交交渉では首脳が「良い警官」、閣僚が「悪い警官」を演じるものだが、トランプ政権はもっと手が込んでいる。

トランプ氏は同盟国に対し「悪い警官」、独裁者に対しては「良い警官」を演じ分け、閣僚にはそれぞれ「尻拭い」させている。個人的には、こんな交渉が長続きするとは到底思えないのだが

◆作用と反作用

この手のトランプ氏の言動は過去の成功体験に基づくもので、当分変わらないだろう。だが、作用には必ず反作用がある。ウクライナ停戦一つにしても、トランプ政権が合意を急げば欧州諸国は黙っていない。法的根拠もなく連邦職員を解雇すれば、無数の法廷闘争が始まるだろう。

「勢い」だけで国家を統治することには所詮無理がある。されば、トランプ外交に戦略があるか否かが見えてくるのは、当分先の話になるかもしれない。