メディア掲載  グローバルエコノミー  2025.03.05

コメ高騰、備蓄米放出…亡国農政のツケは国民に回る

食料途絶に備え減反廃止とコメ輸出拡大を

Wedge2025220日発売)に掲載

農業・ゲノム

ロシアのウクライナ侵攻から224日で3年が経つ。

これは二つの「食料危機」を明らかにした。一つは、黒海を通じたウクライナ産の小麦輸出が困難となったため、供給減少で小麦価格が高騰し、貧困国の人々が小麦を買えなくなったこと。もう一つは、ウクライナのマリウポリへの輸送がロシア軍により遮断され、食料に物理的にアクセスできなくなったことだ。

農林水産省は、この「食料危機」を農業予算の減少に歯止めをかけるために利用しようとした。2024年、食料安全保障を前面に打ち出すよう食料・農業・農村基本法を見直し、危機対策として、世界的に食料供給が不安定になることが想定される場合、政府が食料配給や価格統制を実施するほか、農家に増産指示をすることも可能にした「食料供給困難事態対策法」を成立させた。

農水省は、ことあるごとに世界的な穀物価格高騰による買い負けを強調する。しかし、わが国の全輸入額に占める割合のうち、カロリー供給で重要な穀物と大豆はわずか11.5%程度に過ぎない。仮に価格が10倍になっても買えなくなることはない。輸入品では買い負けるというのに、日本の農政はそれよりはるかにコスト高の国産品の生産を増加させ消費者に買わせようとしている。国産の方が安いなら関税は撤廃できる。

しかし、海上交通路(シーレーン)が途絶して物理的に食料が輸入できなくなると深刻な危機が生じる。

日本では1970年以降、農家に国民(納税者)負担で補助金を出して「減反」させ、コメ生産を意図的に減らし、高価格(消費者負担)を維持してきた。危機が発生した際に利用できるのは減反により生産された前年産のコメ(備蓄を入れても800万トン)になる。戦中・戦後の配給量(一人1日当たり23勺〈330グラム〉で、今の人口だと1600万トン必要)の半分しか供給できない。

豊かになった国民は高米価・減反政策に無関心になった。しかし、台湾有事が発生したら、初めて国民は農政トライアングル─自民党農林族、JA農協、農水省の既得権グループ─に食料・農業政策を任せてしまった愚かさに気が付くに違いない。

戦時中もコメが過剰から不足になると、農政は農業保護から消費者保護に一気に転換した。危機が発生すると減反など直ちに廃止される。全国民が餓死するという事態を前にしては、既得権など吹き飛んでしまうからだ。しかし、この時暴動を起こしても、誰も国民を救ってくれない。亡国農政のツケはいつか国民に回ってくる。

現代社会は、戦前戦後に比べ決定的に不利な点が二つある。

一つは、当時日本は食料自給を達成したうえで戦争を始めたことだ。しかし、コメ供給の2割を占める植民地米が不作などで輸入できなくなり、それに代わるタイなどからの輸送船を米国の潜水艦に撃沈され、万事休すとなった。当時カロリー供給の大宗を占めていたコメの8割は国内で自給していたが、現在、カロリーベースの食料自給率は38%に過ぎない。

もう一つは、西太平洋側のシーレーンまで破壊されると戦後の未曽有の食糧難を救った米国からの援助が届かなくなる可能性があることだ。

1961年以降、世界のコメ生産は3.5倍に増加しているのに、日本はわざわざ減反補助金をつけて4割も減らした。中国は、コメは4倍、大豆は3倍、小麦は9倍、トウモロコシは14倍に生産を増やしている。さらに、コメの備蓄量は1億トンで日本の100倍である。小麦は1.4億トン、大豆は1.8億トンだ。食料危機を農業予算の増加につなげたいだけの日本の農水省に比べ、危機に対する本気度が違うのである。

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減反廃止はフェイクニュース

減反廃止は安倍晋三内閣のフェイクニュースだった。14年、農政トライアングルは、国から都道府県などを通じて生産者まで通知してきたコメの「生産数量目標」を廃止する一方、減反政策のコアである補助金を大幅に拡充した。これを政権浮揚に使おうとした当時の安倍首相は「40年間誰もできなかった減反廃止を行う」とぶち上げた。面白いことに、第一次安倍政権の07年、全く同じ見直しをして撤回していたのだから、あなた自身が6年前にしていたことなのだ。

また、「生産数量目標廃止」と言うが、現在も農水省は翌年産米の〝適正生産量〟を決定・公表している。これに基づき、都道府県、市町村段階で、JAや行政などが参加する協議会がコメや他の作物をどれだけ作るかを決定し、生産者に通知している。実態は何も変わっていない。

減反の本質は国民負担による補助金で生産を減少させて米価を市場で決まる水準より高くすること。減反廃止が本当なら、米価は暴落する。農業界は蜂の巣をつついたような騒ぎになり、永田町はムシロバタで埋め尽くされていたはずだが、そんなことは起きなかった。

減反は生産を抑える政策であるので、コメの単収を増加させる品種改良は、国や都道府県の研究者にとっては〝タブー〟になった。単収とは10アールあたりの収量であり、生産性に他ならない。1970年の減反開始時には日本と同じ水準だったカリフォルニア米の単収は、今では日本の1.6倍になった。情けないことに、60年頃は日本の半分しかなかった中国にも追い抜かれてしまっている。水田面積全てにカリフォルニア米ほどの単収のコメを作付けすれば、長期的には1700万~1900万トンのコメを生産することができる。単収が増やせない短期でも、900万トン程度のコメは生産できる。

93年に起こった「平成のコメ騒動」は冷夏が原因とされているが、根本的な原因は減反だ。当時の潜在的な生産量1400万トンを減反で1000万トンに減らしていたうえ、不作により783万トンに落ち込んだ。しかし、減反せずに通常年に1400万トン生産して、400万トン輸出していれば、冷夏でも1000万トンの生産・消費は可能だった。今は水田の4割を減反して生産量を650万トン程度に抑えている。国内で消費が増えても輸出で調整すれば、「令和のコメ騒動」も起きなかった。生産を減らすことなく域内の過剰農産物を輸出に回した欧州連合(EU)ならコメ騒動は起きなかった。

価格支持には金もかかる。減反は毎年3500億円の財政負担をして農家に生産を減少させ、消費者に高いコメを買わせるというものだ。これは、国が財政負担をする結果、国民が医療費の一部を負担するだけで治療を受けられる医療制度とは根本的に異なる。さらに備蓄と称して毎年20万トンの主食用のコメを買い入れ5年後はエサ米としてただ同然で処理している。これに国民は500億円も毎年負担している。これも真の狙いは、市場からコメを買い入れて価格を高くしようというものだ。

減反をやめてコメを輸出できるようになれば、輸入が途絶する食料危機の際には輸出していたコメを食べればよい。輸出は無償の備蓄となる。無駄な政府備蓄は止められる。輸出が行われれば、国内価格は輸出価格よりも下がらない。輸出価格は最低支持価格の役目を果たす。

JA農協と農林水産省の大罪

減反・高米価はJA発展の基礎である。米価を高く支持したので、コストの高い零細な兼業農家が滞留した。かれらは農業所得の4倍以上に上る兼業(サラリーマン)収入をJAバンクに預金した。また、農業に関心を失ったこれらの農家が農地を宅地などに転用・売却して得た膨大な利益も預金され、JAは預金量100兆円を超すメガバンクに発展した。減反で米価を上げて兼業農家を維持したことと、JAが銀行業と他の事業を兼業できる日本で唯一の法人であることとが、絶妙に絡み合って、JAの発展をもたらした。

米国やEUは高価格で支持する農業保護の政策ではなく、政府から農家への所得補償(直接支払い)に転換している。日本の農業保護は欧米に比べて高いうえ、その78割が高い価格によるものだ。しかも、小麦や牛肉のように、国産の高い価格を維持するために、輸入品にも関税をかけて消費者に高い食品を買わせている。国産の保護を価格から直接支払いに置き換えることで、輸入品への関税は不要となる。農業も保護され消費者は安く食料を購入できる。

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しかし、消費税の逆進性を批判する政党があっても、農政の逆進性はどの党も指摘しない。高い関税や減反を維持して食料品の消費税率ゼロを主張する立憲民主党などは支離滅裂である。

農家にとっては価格支持でも直接支払いでも同じなのに、なぜ日本は高米価に固執するのか? 農家の利益を代弁する欧米の政治団体と違い、JAは経済活動も行っている。このような組織に政治活動を行わせれば、農家の利益より自らの利益を実現しようとする。その手段として使われたのが、高米価・減反政策による〝コメ殺し〟だ。コメ農家の78割がコメを作っているのに、コメは全農業生産額の16%に過ぎない。つまり、減反を続けていることで零細なコメ農家がいまだに多すぎるのだ。サラリーマンの兼業農家に所得補償(直接支払い)は必要ない。

カリフォルニア米の1俵(60キロ・グラム)あたりの価格9000円(201222年の日本の輸入価格)からすれば、品質面で優位な日本米は1万2000円で輸出できる。農業界が望ましいとしてきた米価15000円との差を4割のシェアを持つ主業農家にのみ直接支払いすれば、1500億円の支出で済む。国民は米価が下がったうえ、納税者として2500億円の負担を軽減される。減反廃止による米価低下と直接支払いで零細農家が退出し、農地が主業農家に集積すれば、生産コストが下がり収益が上昇する。主業農家に農地を貸して地代収入を得る元零細兼業農家も利益を得る。

今ではカリフォルニア米との価格差はほとんどなくなり、日本米の方が安くなる時もある。減反を廃止すれば価格はさらに低下し、輸出競争力は増す。国内の消費以上に生産して輸出し、水田二毛作を復活して麦生産を増やせば、食料自給率は70%以上に上がる。

効果は明確なのに、減反は廃止されない。農水省が目を向けるのはJAであって国民ではないからだ。農政トライアングルが推進する減反政策によって、補助金を負担する納税者、高い食料価格を払う消費者、取扱量減少で廃業した中小米卸売業者、零細農家滞留で規模拡大できない主業農家、輸入途絶時に食料供給を絶たれて飢える国民、全てが農政の犠牲者となっている。農水省は「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法第15条第2項に違反しているといえる。

減反廃止で世界の食料安全保障に貢献できる

コメの貿易は小麦などとは異なる。貿易量は5500万トンで小麦の3分の1。米国やカナダなどの小麦の輸出国は先進国である上、生産量の半分を輸出に向けている。これに対し、インドやベトナムなどの米輸出国は近年、目覚ましい経済発展を遂げる一方で、内実は貧しい消費者を抱える途上国である。国際価格が上昇すると輸出が増え国内供給量が減少するうえ国内価格も上昇する。貧しい国民は食べられなくなるため、08年、23年のインドのように輸出制限を行いがちであるうえ、輸出量は生産量の1割程度なのでわずかな生産減少で輸出は大きく減少する。コメ貿易は極めて不安定である。

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「平成のコメ騒動」の際、日本は当時1500万トンの国際市場のところ、260万トンものコメを買い付けたため、国際価格は2倍に高騰して途上国の消費者を苦しめた。逆に、日本が減反を廃止して1000万トンのコメを輸出すると、世界の食料安全保障に貢献できる。

輸出推進を言うと、ジャポニカ米の国際市場は小さいなどの消極論が輸出を推進している農水省から出される。しかし、日本の自動車メーカーが北米市場を開拓しようとしたときに、日本車のシェアが小さいとしてあきらめたのだろうか?コメでも新潟の一若手生産者が台湾市場を独力で開拓している。できない理由ばかり挙げて仕事をしないという役所的な対応はやめた方がよい。

農水省は、日本の25倍の16000万トンもの消費量がある中国の米市場の4割がジャポニカ米になっていることを知らないようだ。中国では、ジャポニカ米の消費はほとんどなかったのに、電子炊飯器が日本から普及してから、ジャポニカ米の消費・生産はこの15年ほどの間にシェアを増やしている。

中国での1キロ・グラム当たりの価格は、インディカ米39元、ジャポニカ米510元、中国産あきたこまち1315元、日本米100元(1元=17円)である(『農業経営者』21年8月号)。さらに、パックご飯で輸出すれば関税はかからない。

中国だけではない。小麦以上にコメの貿易量は拡大している。スシやかつ丼などの日本食が海外で定着・普及している。日本食の拡大とともに、日本産米への需要は高まる。

しかし、コメ輸出に携わる業者が指摘する最大の輸出阻害要因は価格だ。「令和のコメ騒動」で21年は1俵あたり13000円だった米価が25000円まで上昇した。テレビ新潟は、輸出している農家グループが台湾の業者に価格引き上げを申し入れたところ取引を停止されたと報じている。商売をしたことがない農水省が理解しなければならないことは、輸出を振興するには価格競争力を持たなければならないということだ。減反を廃止しなければ、価格は下がらず輸出は増えない。逆に、2万円の関税を払ってでも日本にコメを輸入しようとする動きもある。

外交の要諦は「敵を減らして友を増やす」ことだ。コメの輸出により、日本が世界から「求められる国」「必要とされる国」になれば、日本に対する軍事的な攻撃をした国は世界中、特にグローバルサウスからの批判を受けるだろう。そうした意味で、減反の廃止とコメ輸出は平時にも有事にも有効に機能する。ソフトパワーによる安全保障でもある。