石破茂首相の初訪米・日米首脳会談は、予想通り、つつがなく終わった。悪手を打つと内心期待したかもしれぬ日本マスコミの一部「政治部」系記者も拍子抜けしたのではないか。NHKは首相周辺が「入念な準備をして臨んだが、予想以上の成果ではないか。ケミストリーが合うのかもしれない」と述べた旨報じた。果たしてこうした官邸内の「安堵感」「楽観論」は実態を反映しているだろうか。
会談冒頭の両首脳発言には思わず笑ってしまった。大統領は「首相は非常に尊敬されている人物で、すばらしい仕事をしている。日本国民からとても好かれている」と述べた。対する首相はアメリカを再び偉大にするという大統領の使命、暗殺未遂事件の際の神の加護、忘れ去られた人々への思いやりに言及しつつ、トランプ氏を最大限「称賛」していた。首相の冒頭発言は「自己愛性パーソナリティー障害」とも噂される大統領の琴線に触れようとする内容で、恐らくは推敲に推敲を重ねた結果だろうと感じた。
さらに大統領は「シンゾーはあなたに多大な敬意を抱いていた。あなたが彼の親しい友人だったことも知っている」とも述べた。へえー、安倍晋三元首相が石破氏を尊敬していたとはつゆ知らなかったが、昭恵夫人も含め、日本側の準備周到の総力戦により、今回首相が「トランプ氏個人の世界」にある程度浸透できた点は、卑屈・弱腰に見えようと、評価すべきだろう。実際、CNNニュースでは首相の手法を「諸外国の対トランプ関係構築にとって今後のモデルになる」とすら評していた。
周到な準備は個人的関係だけではない。今回首相は大統領が「より理解しやすい」対米投資・経済問題を前面に、米国産石油ガスの購入、自動車など巨額の対米国内投資、「USスチールは買収でなく投資」とのロジックで大統領を説得した。安全保障分野でも日本の責任・米兵器購入のコミットをことさら強調した。
対する大統領は中国の「経済侵略」に言及しながら、対日関税発動には直接触れず、日本に対する爆弾宣言や不規則発言はなかった。これを見た官邸の側近たちが思わず胸をなで下ろし、「予想以上の成果」と自賛したのも理解できる。訪米前あれだけ散々たたかれていたのだから…。
前回筆者は、「第2期トランプ政権は4年の準備期間を経て、当選後の戦略、戦術、具体的諸政策につき慎重に計画を練っていた」と書いた。今回同政権は発足早々カナダ、メキシコ、中国、パナマ、デンマークを関税などで恫喝する一方、ロシアに関する発言は最小限。さらに、ホワイトハウス外交ではイスラエル首相に次いで日本首相、その後はヨルダン国王とインド首相が招待されている。これら4カ国の選択は決して偶然ではない。いずれも第2期トランプ外交の最重要国だからだ。
では石破・トランプ両首脳は「ウマが合う」のか。うーん、それはどうかなぁ。そもそもこの2人、中道穏健派の首相と米国第一の強硬派大統領だから、思想的接点は少ない。今回は故安倍元首相の遺産もあり総論は良好だったが、問題はトランプ氏に語った「各論」を首相が実行できるか否か。それがなければ、米側、特に対日強硬派は必ず巻き返しに出るだろう。
首脳会談当日、トランプ政権は米国際開発局(USAID)を「閉鎖」した。先日ルビオ国務長官が対外支援継続を約束したにもかかわらずだ。日本に「訪米成功」で安堵している暇はないのである。