ワーキングペーパー グローバルエコノミー 2025.01.24
本稿はワーキングペーパーです。
主流のマクロ経済理論では、バブルはそもそも生じず、株価、地価、住宅価格などの資産価格は常にファンダメンタルズ価値を反映しているはずだという見方が支配的である。実際、1997年にEconometricaに掲載されたSantos and Woodford (1997) “Rational Asset Pricing Bubbles”という影響力の強い論文は、バブル不可能性定理を証明している。この定理が示唆しているのは、合理的な経済主体を考える限り、株式、土地、住宅と言った実物資産にバブルが起こることを理論的に証明することは根本的に難しいということである。事実、主流のマクロ金融理論では、資産価格はファンダメンタルズ価値に等しい。現状では、主流のマクロ金融理論で、資産価格バブルを考える理論的枠組みがそもそもないと言っても言い過ぎではないだろう。他方で、80年代後半から90年代初頭に掛けて株価、地価の高騰とその後の下落、そして失われた30年とも言われる日本経済の経験を考えると、主流のマクロ経済理論ではバブルは起こらない、と経済学者が説明しても、それは現実の経済の話ではなく、経済学者の都合の良い架空上の世界の話でしょう、というのが、経済学者以外の人たちの大方の意見と言ったところであろう。日本が辿った経験を踏まえると、そう言われても無理もない。
こうしたバブルはそもそも生じないというマクロ経済学の主流の見方を変えるマクロ金融理論を提示したのが、Journal of Political Economyに掲載されたHirano and Toda (2025)である。Hirano and Toda (2025)は、資産価格バブルの必然性という新しい概念を提示した上で、代表的な現代マクロ理論の様々な枠組みで、バブル必然性定理を証明した。バブル必然性は、バブルが起こるかもしれないというバブル可能性の概念とは本質的に異なる。例えば、貨幣はファンダメンタルズ価値がゼロの純粋バブルである。価格ゼロにもなりえるし、いずれ価格ゼロに向かうこともあり得るし(ファンダメンタルズ価値に等しくなる)、ずっと正の価格が付くこともあり得る。バブルが起こる必然性はない。それに対して、株価、地価、住宅などの実物資産を考えたとき、バブル必然性が意味するのは、ファンダメンタルズ価値に等しくなる、いずれ等しくなるということは起こり得ず、資産価格は常にファンダメンタルズ価値から乖離する場合しか起こり得ないということである。言い換えると、唯一起こり得る均衡はバブル均衡のみで(漸近的にファンダメンタルズ均衡に近づいていくこともない)、資産価格には、常にバブルが起こっており、バブル規模が拡大したり縮小したりしながらマクロ経済は揺れ動いている。現代マクロ理論の代表的な枠組みでバブル必然性定理を証明することは、資産価格はファンダメンタルズ価値に等しくなるはずだという固定観念は根本的に間違っているということを示唆する。
本論文は、Hirano and Toda(2025)の結果をマクロ経済全体に不確実性がある状況に拡張する。とりわけ、バブル崩壊が予期される確率バブルが生じるメカニズムを明らかにする。本稿ではまず、確率バブルが生じる経済学的直観とそのメカニズムを明確にするために、将来崩壊が確率的に予期されつつも、土地バブルが必然的に生じるトイモデルを提示する。地価バブルの発生とその崩壊が均衡一意で生じる。次に、無形資本(資産)と生産が入ったマクロ金融モデルを構築し、大きな技術革新が生じ、その波及効果がマクロ経済全体に行き渡る過程でマクロ的な株価バブルが生じることを示す。この波及過程の特徴は、異なる生産要素、異なるセクターが異なる率で成長していくアンバランス成長であり、株価バブルの特徴は、盛り上がっていく生産要素や部門の株価にバブルが生じる点である。加えて、株価バブル、土地バブルを伴うマクロ動学は、マクロ経済がバランス成長経路から一時的に乖離した状態として理解できることを示す。さらに、アンバランス成長に加えて、バブルが長期間続くほど、巨大クラッシュが到来するが、その性質それ自体が、そもそも確率バブルが生じるための条件であることも明らかにする。
本論文が提示するような方法、すなわち、マクロ経済が一時的にバランス成長経路から離れ、アンバランス成長経路に乗るというアプローチは、新たなマクロ金融理論の構築方法を提示していると言っても良いだろう。既存のマクロ理論は、宇沢の定常均衡成長定理として知られているように、バランス成長を得るためにナイフエッジ仮定(一点でしか起こらない)をおいている。ナイフエッジ仮定を置くことで、マクロ経済は一本筆で描ける動学経路に応じて、バランス成長の特徴をもつ定常均衡に収束していく。多くの場合、鞍点経路がこの動学に対応する。定常均衡では、土地や株式から得られる配当と資産価格が同じ率で上昇する(異なる部門の場合であれば、異なる部門が同じ率で成長していく)。このようにモデル構築する限り(実際、そのようにモデル化されている)、マクロ的な資産価格バブルは生じない。本論文が示しているのは、ほんの少しでもナイフエッジ仮定を外すと、マクロ経済は、定常均衡に収束していく経路とは異なる経路を一時的に取り、アンバランス成長経路に乗る。このアンバランス成長経路の移行過程において資産価格バブルが生じ、バブル崩壊とともにバランス成長経路に戻る。これらの結果が示唆しているのは、ナイフエッジ状態からほんの少しでも離れると、資産価格含意が劇的に変わるということである。
ワーキング・ペーパー(25-001E)Bursting Bubbles in a Macroeconomic Model