コラム  エネルギー・環境  2025.01.21

炭素国境調整メカニズムの地政学:

貿易の脱炭素化が湾岸産油国に与える影響

法制度・ガバナンス エネルギー・環境 中東
フランツ・ブロッツェン

はじめに

近代史を通じて、エネルギーと地政学は永続的に結びつき、帝国と世界のパワーバランスを形成してきた。しかし、世界のエネルギーシステムはまもなく大きな転換期を迎え、その転換がもたらす影響はエネルギー分野にとどまらないであろう。政策当局者はこのダイナミックな動きに注意を払い、どの道を選んでネットゼロを目指すのが地政学的に最も望ましいのかを検討する必要がある。

政治的に支持されている新たな通商政策は、気候変動と地政学が交差する地点にある。炭素国境調整メカニズム(CBAM)の下では、輸入者は、輸入品の生産に伴い海外で排出された炭素量に基づいて算出された課徴金を支払わなければならない。生産単位あたりの炭素排出量は、電力源や製造方法が異なるため、世界各地で大きなばらつきが出る。すなわち、ひとつの商品のライフサイクル排出量は、それがどこで製造されたかによって大きく異なり(Rorke, 2020)クリーンな業者ほど恩恵にあずかり、そうでない業者は不利益を被ることになる。

CBAMの導入によって、西側諸国とその貿易相手国である世界の国々には、大規模な脱炭素化に向けて業界を導く新しい貿易制度が組織されることになる。

CBAMの適用によって影響を受ける地域は多いが、本稿では湾岸地域のエネルギー生産者に与える影響に焦点を当てる。1970年代以降、中東は世界の主要なエネルギー供給地であり、同地域が世界市場に果たす役割によって主要な地政学的紛争を煽ってきた。西側諸国におけるCBAMの導入は、これからの湾岸諸国の地政学にも影響を与えるであろう。具体的には、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)による低炭素の石油・ガスバリューチェーンと水素経済への最近の投資が、CBAM制度によって認められ報いられるようであれば、両国は西側諸国との連携を強めるかもしれない。

西側諸国は、国内産業の競争力を高め、グリーンインフラへの投資に報いるためにCBAMを支持しているが、インドや中国などの発展途上国はこのような措置は不公平であると主張している。「CBAMは、現在それを課している強国によって工業化が阻害されている経済圏を差別するものである」というのが彼らの主張である。最終的には、気候危機のために、世界はスピードと公平性の間で難しい選択を迫られ、政策当局者がこの困難な緊張状態をどのように調整するかが、エネルギー・トランジション後の世界に反映されることになるだろう。

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