コラム  国際交流  2025.01.15

「EV減速」のリアル(その3)

:アメリカで急激に売れているホンダEVが示す大事な仮説

科学技術・イノベーション

日本には伝わっていないホンダのEV、Prologueが驚くほど売れている現実

2024年末にホンダが日産との電撃結婚、ならぬ電撃合併を発表したところだが、実はその直前に、カリフォルニアではホンダにまつわる情報で驚くべきものがあった。それはホンダのEVPrologueが快進撃とも言える売り上げを達成していたことである。

Prologueはホンダ発のSUVで、下記のような容姿であり、2023年に世界で最も売れた自動車、テスラのModel Yと同じセグメントを狙っている。

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Source: https://automobiles.honda.com/prologue/#


内装は下記の通りで、テスラのように極端にボタンを減らしたのではなく、それなりにボタンも付いていて、GoogleAndroidAppleCarplayと連動させて大きめの画面のナビや音楽のコントロールができるようになっている。

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著者を含め、多くの読者は「あれ、ホンダはいつの間にこんなのを作っていたのか?」という反応だったかもしれない。

実は、このホンダPrologueはホンダが作っているのではなく、GM社が作っているEVを、ホンダが独自にサスペンションを改良し、アップル、アンドロイドに対応させたりしてカスタマイズしたものなのである。

基礎構造はGM社なのだ。GMが作っているBEV3というプラットフォームを、ホンダのロサンゼルスにあるデザインチームが改良しているのがPrologueというわけだ(ちなみに、著者はテスラの話を持ち出すことが多いが、基本スタンスは日本車に勝って欲しいという思いで情報と分析を発信している)。

GM社のBEV3プラットフォームを使ったBlazerというEVは下記のものである。

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ほぼ同車種のGM社のEVよりもホンダPrologueが売れている

とても興味深いことに、ホンダのPrologueの方が、GM自身が出しているBlazerよりも売れているのだ。自動車業界のデータを集めて配信しているKelly Blue Bookによると、2024年第三四半期ではChevrolet Blazerが7,998台売れたのに対して、Prologueは12,644台も売れた

上記の写真で見ると、ルックスの好みには個人差はあるだろうが、GMの方が攻めている印象を受けるのに対し、ホンダは逆に「ふつう」をアピールしたラインのボディーである。著者自身はまだ試乗していないが、乗り比べた記者によるとサスペンションのチューニングはホンダの方が良く、アップルとGoogleのスマホと連動できるディスプレイはユーザーにとって非常に便利だという評価である。

そしてホンダはかなり低価格でリースを行っている。条件によっては月々300ドル以下でリースができてしまうのだ。これは日本円にすると現在の為替レートでは5万円をちょっと下回るが、アメリカの物価は日本の倍だと考えると、精神的には3万円ぐらいというのが著者の肌感覚の物価換算である。

非常に安い。

テスラのセダン、Model3は最も安くて3年間、月々299ドルで借りられるのでそれよりも若干安い値段でSUVがリースできるので、ユーザーからしたら非常にお得である。

もちろん、GM社のプラットフォームを使い、GMが製造しているEVなのでホンダがPrologueの販売やリースによって大した利益を上げているとは思えない。

しかし、大事な仮説が立てられる:

多くのアメリカの消費者は良い日本のEVを待ち望んでいるというものである。

これはチャンスである。

でも時間をかけすぎたらチャンスをモノにできない可能性もある。

なんと11月にはテスラModel Y、Model 3に続いて3番目に売れたPrologue

アメリカ全体のEVの売り上げを見ると、前回のコラムで紹介した通り、テスラとその他のメーカーには桁が一つ違うほど売り上げ台数の差がある。しかし、その他のEVメーカーの中で、なんと2024年の11月の売り上げ台数はホンダPrologueが1位だったのである。

ここ2年で急速に伸びた現代(韓国)や、数年前から売られているフォードの主力EVMach-eを抑えて、Prologue2024年の3月からしか売られていないのにも関わらず、である。

やはり安定したクオリティーがブランド力の日本車の、EVとしてのパフォーマンスが十分なSUVモデルの需要はあったのだ。

ここでキーワードは、「EVとしてのパフォーマンスが十分」というところである。いくら補助金があっても、ユーザーにとって使いづらかったり妥協が多すぎるEVはなかなか売れない。

そして驚くほど安値でEVを売ってもメーカーにとっては収益にならないので、そのユーザーを次世代の「儲かる自社EV」に乗り換えてもらう必要がある。したがって、「儲かる自社EV」を早急に開発しなくてはいけない。しかし、バッテリー工場などには膨大な投資が必要であるため、とても勇気がいるし、EVが本当に売れるのかどうかという不安もある。そこで「EVの減速」などの記事を、直接EV開発にも関わらない社員たちが常に目の当たりにすると、社内の空気にも影響し、経営判断としても大胆な舵取りが難しくなってくるのではないだろうか?

しかし、Prologueが示した仮説は、それなりに日本車ブランドに対する需要は期待できる、というものである。

もちろん、今後のEVにとって追い風と逆風がある。

テスラ以外のEVの追い風:マスクと分断

まず、マスクがトランプ大統領の再選に大きく加担したことでマスクが許せない、と考えるアメリカの民主党支持者たちは相当いる。そもそも巨額な献金でトランプを応援し、Xとなった旧ツイッターではフェイクニュースや陰謀論を野放にし、アルゴリズムも色々変えてマスク自身やトランプの主張が全面に出るようにしたため、それなりの数の有権者の世界観を作り上げてしまい、投票でトランプが勝つという結果に大きく貢献したという見方がある。

この民主党支持者たちはマスクが嫌いで、アメリカの民主主義に対して危険な人物であるという考えから、テスラ車が欲しくてもテスラは買わないという判断を下す人がそれなりにいる。

そしてマスクはヨーロッパでも様々な右派政党や政治家のサポートを表明しており、これに対する反発が欧州でも起き始め、EVが欲しくても、あるいはテスラが欲しくてもマスクのサポーターとして見られたら困るのでテスラを買わない人が一定数いる。

これは日本企業にとってチャンスである。

テスラはすでに他のEVメーカーをもかなり引き離しているという領域を今後のコラムで紹介するが、それでももうマスクはサポートできない、という心情はある。

すでにカリフォルニアの大部分ではサイバートラックを乗ることが共和党支持、つまりトランプとマスクの支持者であるというアイデンティティーを示しているインジケーターのような役割にもなりつつある。

そこで日本車はまだまだ選択肢に入っている。

向かい風:補助金廃止と雲行きが怪しいメキシコ生産拠点

トランプ政権では、連邦政府からのEVに対する補助金は廃止されるとトランプは主張している。実際にどうなるかは分からないが、トランプに近いイーロン・マスクは補助金がない方がテスラにとって有利であるという主張なので、連邦政府の7500ドルの補助金がなくなる可能性は高い。それはもちろん多少の逆風である。

ただ、トランプ政権と真っ向対立を掲げているカリフォルニア州は、州としての補助金を残すだけではなく、連邦政府が廃止した分も州として新たに加えるという方針をニューサム知事が発表している。(テスラは除外する、とも言っている。)

したがって、アメリカで最も大きな市場であるカリフォルニアはEVの補助金環境はそのままとなる可能性が高い。

もっと大きな逆風のポテンシャルは、現在ホンダが頼っているGMBEV3のプラットフォームの生産体制に対する不安要素がある。それは、プラントがメキシコにあるらしいからである。もしトランプ政権が公約通りにメキシコからの輸入品に関税をかけてしまった場合、巻き込まれる可能性がある。

ただ、別のコラムで紹介するが、トランプは支持者に対して公約を実行するという政治理念ではなく、あくまで自分にとって有利な政策を選び、しかも交渉相手に対しては自分のスタンスを読ませないことを交渉力の根源と考えている。

(彼の1980年代のArt of the Dealにはまさしくこれが書いてある。交渉相手にとってトランプがどう出るか分からない方が彼に交渉力があるというこという基本姿勢はずっとそのままである。)

まとめ

日本企業に残された時間と選択肢は限られているかもしれないが、EV革命がこのまま多少のスローダウンをすることで少しだけ時間が稼げるのではないだろうか。

ホンダPrologue2024年の3月から発売開始になってからほんの半年ちょっとでアメリカでのEV売り上げがテスラ以外のメーカーのトップになるという事実は、大事な仮説の可能性を示している。

ただ、もちろん世界市場にはテスラに迫っているBYDが待ち構えているので安心はしていられない。

次回のコラムからはいくつかの「EV革命後のリフレーミング」について紹介したい。シリコンバレーではすでにEV革命が起こっているので、アメリカ全土がすぐに同じようにならなくても、ユーザーにとってどんな想定外の価値観のリフレーミングがあるのかを紹介する。

フレーミングとは: 人間が状況を理解するために使う思考ツール
  1. 何が大事で何が大事ではないということを判断するフィルター
  2. 因果関係のモデル
  • フレーミングの違いによって同じエビデンスやデータでも、真逆の解釈になることがある
  • リフレーミングとは、新しいフレーミングで物事を改めて考えることである。