コラム  国際交流  2025.01.14

「EV減速」のリアル(その2)

:データとフレーミングの重要性とカリフォルニアの現状

科学技術・イノベーション

ホンダによる日産の統合のニュースで一旦は是正された「EV減速」の報道

前回のコラムを書いた直後にホンダと日産の統合についてのニュースが流れた。これで著者が思っていたよりも早く、一気に報道の多くは「EV市場で大きく出遅れている日本勢」について伝え始めた。実際にはEVがかなり普及していて、日本勢はこれに脅威を感じていることもあり、日産の業績が一気に悪くなったことでホンダもEVでの攻勢などをかける必要性がある、とう論調になっている。

著者が色々な機会で様々な日本企業関係者に述べてきた予想は、これまで「EV減速」という報道を続けてきたところの多くは、一気に手のひらを返して再び「差し迫るEVの危機」というフレーミングに戻るのではないか、というものだった。この驚きの合併報道によって、早くもそうなり始めたようだ。しかもこのパターンは、ディスラプションが近づいているという可能性もあるので心配である。

報道のフレーミングを鵜呑みにすると「待っているのはディスラプション」の可能性

ここで最も大事なポイントは、多くの報道のフレーミングをそのまま現実として捉えていた人たちの多くが、実はミスリードされていて、これが次の報道ラウンドで是正されたタイミングではもう遅いのではないか、ということである。とても恐ろしいことだ。しかし、メディアのほとんどはクリックを稼がなくてはいけないので、なぜこのようにミスリーディングな論調になってしまうところが多いのかは結構分かりやすい。感情を煽った方がクリックを稼げるので、例えばこんなフレーミングの移行のシナリオ(ストーリー)ではないだろうか?「EVの脅威!」(恐怖)「ディスラプション寸前!」(絶望)「いやあ、実は大丈夫だった」(安堵)「やっぱりディスラプションは来なくて我々の戦略が正しかった」(誇り)。しかし、この後に来るものが、「やっぱり突然ディスラプションが来て業界が壊滅的ダメージ!」(恐怖と驚き)だと、クリックを稼ぐ側はそのままクリックを稼ぎ続けられる。

でも著者の視点からすると、自動車業界が本当にディスラプトされてしまっては日本としては大変困るし、日本にとって何一つ良いことはない。シリコンバレーがどんどん日本のさまざまな業界をディスラプトしてきたのを目の当たりにしているので、それだけは避けたいと強く思っている。もし日本の自動車メーカーが今のまま方向性と戦略でディスラプションを免れるなら、著者としてはこれ以上嬉しいことはない。ただ、そんな気が全くしないので心配しているのである。そして著者はクリックを稼ぐのがビジネスモデルではないので、何事も煽る必要もなければ、陰謀説に走る必要もないし、どこかに忖度する必要もない。

データが溢れる時代に必要なのはクリティカル・シンキングとフレーミングの理解

そこで読者は与えられる情報とフレーミングだけではなく、自ら好奇心とクリティカル・シンキングを働かせて探求しなくてはならない。幸い、今の時代はデータに溢れているので、フレーミングさえしっかりしていれば、正確な情報を入手するのは一昔前に比べてそれほど難しくない。しかし、見つけやすくてもミスリーディングなフレーミングと情報は以前よりも溢れかえっているのも事実である。

メディアが細分化しているので、ソーシャルメディアで流れてくるものは、プロフィールが異なる他人には見えない。そしてクリック稼ぎをビジネスモデルとするメディアは感情を煽るフレーミングにデータを当てはめる強いインセンティブが働く。

信頼できるソースを開拓していくのは個人単位の責務となり、自ら情報ソースのポートフォリオを構築し、それぞれの信憑性を考えなくてはいけない。

ある意味、情報が豊富な今の時代の方が個の力を要する。そして企業にとっては致命傷となりうる現状把握の失敗は、これまで以上に社員たちの力量にかかっているので、クリティカル・シンキング(情報の探究力と課題設定能力)にかかっている(著者はシリコンバレーで日本企業に対してこういう講習も行っている)。

データで見るカリフォルニアのEV事情

まずはカリフォルニアでのEV販売の割合である。

カリフォルニア州はアメリカ内で最も人口も多く、経済規模も大きい州であり、もし独立国家だった場合、経済は日本と同じぐらいと考えても良い(実は、最新の名目GDP劇的な円安のせいで、カリフォルニアが日本を上回ってしまったようである)。

カリフォルニアはアメリカの中でも最もEV普及率が高いので、EVの市場動向がいち早く理解しやすい。と言っても、他の全ての州がカリフォルニアと同じになるとは全く限らない。しかし、規模として無視できないし、またの機会で説明するが「政府の方針や補助金があるからEVが売れる」という一般に報道されがちなフレーミングとも異なる。それは、いくら補助金があり、10年後からガソリン車が州で売れなくなるという政策が今あっても、一般消費者が不便すぎる物や欲しくないものを買うわけではない。そもそもEVの販売規模が小手先の政策頼みのレベルではないのである。

カリフォルニアのEV普及率は下記の通りである。カリフォルニア州がデータを提供し、パートナとして掲載したデータである。

img_01.jpg

Source: https://www.veloz.org/california-surpasses-2-million-evs-sold-milestone-reflecting-steady-market-growth/


2022年には2割、2023年には25%、そして2024年の第三四半期までには、実に26%以上がEVなのである(ちなみに、これを見て「2024年は減速している」、という記事があっても、2024年がまだ第四四半期のデータが無いので、分からないのである)。

つまり2023年と2024年に売れた自動車の4台に1台がEVだったわけである。

そして2024年のデーターが更新されたら「EV販売は減速」とも言える売り上げの減速があるかもしれないが、売り上げが減っているわけではない。このデータを見たら、業界構造の変化を表す最も大事なところは自動車売上シェアが4年で2.5倍になっていることだろう。この辺もフレーミングを間違えると実態を捉えらない危険性がある。

売り上げが実際に前年割れでもテスラは圧倒的にしか見えない

2025年に入って、テスラの2024年の全世界での売り上げ台数が前年よりも1%減少したという報道が流れた。世界的に見たらBYDの躍進で、テスラの売り上げ台数に迫っている。

しかし、世界は細分化されつつあるので、カリフォルニアを見ると、BYDは実質的に米国では販売禁止となっているので日本車メーカーを含む他の自動車メーカーはまだBYDからの競争に巻き込まれていないので早く競争力があるEVを作れるチャンスかもしれない。

というわけで、カリフォルニアでのテスラのプレゼンスを見てみよう。

テスラは州別の売上データを公開していないので、カリフォルニア州での売り上げ台数は、カリフォルニア州政府機関が集めているデータを見るしかない。2024年第四四半期のデータはまだ更新されていないのでここでは2024年第三四半期までのデータしかない。そしてテスラが全世界で売上が1%下がっていても、カリフォルニアでの売り上げが同じように下がっているのかどうかは、もちろん分からない。

ただ、時系列で見ると、テスラがあまりにもダントツに売れているのかがよく分かる(分かりやすくするために2024Q4の部分は仮説として、前年と同じ売り上げ台数だった場合の点線をグラフに入れてみた)。2024年に売り上げがトップの7社と、せっかくなのでEVの先駆者だった日産を加えてみた。

Source: https://www.energy.ca.gov/files/zev-and-infrastructure-stats-data


いかがだろう?読者の想定通りだろうか?それともフレーミングが変わるぐらい意外なものだっただろうか?

はっきり言って、グラフの縦軸をいじらないと他のメーカーがどんぐりの背比べにしか見えないほどである。

これから「テスラの減速」「岐路に直面するテスラ」「テスラ、成長の終焉」といった類の記事が数多く出ても、まずはこのデータを見てから読者のフレーミングを構築してほしい。実際に売り上げ台数は減速しているが、ここ数年の成長は尋常ではない。しかも「テスラのシェアが低下」と言う記事もそれなりに出てきたし、これからも出るだろう。これも事実である。しかし、シェアがここまでダントツだと言うことをフレーミングに入れておかないと、大きな誤解を生む。

順位ではなくて数字が重要な場合

多くのメディア媒体は、字数の制限があったり、編集の方針でランキングの方が読者にとって分かりやすいと考えているのか、数字ではなくてランキングで表示することが多い。ただ、これはランキングの数字(123)に比べて実数に大きな差がある場合(例えば16万、16千、14千)、正しいランキングであってもミスリーディングなことがある。

日本の新聞や放送メディアでは世界のEV売り上げランキングの順位だけ表している図をよく見かける。例えば上記のカリフォルニアのデータを使ったら、2024年のEV売り上げのランキングを表示したら、こうなる。

カリフォルニア州での2024年第三四半期EV売り上げランキング

順位 メーカー
1 テスラ
2 現代(ヒョンデ―)
3 BMW
4 メルセデス・ベンツ
5 フォード
6 起亜(キア)
7 シボレー(GM)
8 アウディ
9 リビアン
10 フォルクスワーゲン

(注:カリフォルニア州の集計ではトヨタのBZ4XとスバルのSolterraの姉妹EVモデルを同一とみなしている)


順位の数字は1から12で、それぞれの数は均等な差があるが、これは無意識にもミスリーディングなフレーミングを作り出してしまう。例えばオリンピックの体操やフィギュアスケートなどは点数が何点差であろうと金、銀、銅メダルとなるが、こういう市場の現状を把握する場合はランキングに加えて台数も表記するべきだろう。

そして台数はこんなに違う。

カリフォルニア州での2024年第三四半期EV売り上げ台数

メーカー 2024年Q3までの売上台数
テスラ 159,306
現代 16,526
BMW 14,238
メルセデス・ベンツ 12,025
フォード 11,955
起亜 10,491
シボレー(GM) 11,955
アウディ 10,491
リビアン 9,353
フォルクスワーゲン 9,044


もっと分かりやすくするとトップのテスラとの売り上げ台数に対する比率を入れることもできる。

カリフォルニア州での2024年第三四半期EV売り上げ台数、テスラの割合

順位 メーカー 2024年Q3までの売上台数 テスラの売上台数への割合 (%)
1 テスラ 159,306 -
2 現代(ヒョンデ―) 16,526 10.4
3 BMW 14,238 8.9
4 メルセデス・ベンツ 12,025 7.5
5 フォード 11,955 7.5
6 起亜(キア) 10,491 6.6
7 シボレー(GM) 9,353 5.9
8 アウディ― 9,044 5.7
9 リビアン 8,941 5.6
10 フォルクスワーゲン 6,810 4.3
11 トヨタ/スバル 6,047 3.8
12 日産 4,303 2.7

Source: https://www.energy.ca.gov/files/zev-and-infrastructure-stats-data


なんと、テスラ以外で最も売れている現代でもテスラの1割程度、トヨタが4%未満、そして日産が3%未満である。ランキングが11と12というイメージよりも引き離されているというフレーミングとなる。

特にテスラで重要なのは売り上げ台数の累計

ここでもう一つフレーミングを加えたい。特にテスラの場合、オートパイロットなどの(別途紹介する)非常にユーザーにとって使い勝手が良い機能は、自動車を購入した後のサブスクリプションという形で提供している(購入時に一括購入も可能だが、いつでも止めることができ、何度でも止めて再加入できる月々のサブスクリプション形態の方がユーザーにとって使い勝手が良い場合が多い)。

したがって、テスラの場合売り上げ台数は各年に何台売れたかということに加え、特にここ5年の累計の売り上げが重要になってくる。

そして著者がシリコンバレーで尋常じゃない数のテスラを見かける理由は、道路を走っているテスラが今年売れたものだけではなく、これまで売れてまだ走っているここ数年の累計だからである。

累計データを見るとこうなる。

img_02.jpg


当たり前だが、その年のEVの売り上げが前年比を下回っても、巷で見かけるEVの数が減っているわけではない。ただ、報道ので「今年の売り上げ台数は前年比を1%下回った」とだけ読むと、普及しているEVが減っているような感覚となってしまう。

付録:日本メーカーのカリフォルニアでのこれまでのEV活動

そして2014年までは日産の方がテスラのEV台数を上回っていたが、そこから一気に引き離され、売り上げ台数はその後も伸びなかった。先駆者だっただけに残念である。実はトヨタも三菱もカリフォルニアではEVを販売していたが、三菱自動車は途中で取りやめ、トヨタは仕切り直して再び販売を開始した。

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(Q1-3)
Nissan 3,053 7,684 9,764 6,313 5,595 4,993 4,927 3,891 2,370 3,885 3,325 4,387 4,303
Toyota /
Subaru
501 5,574 6,047
Mazda 139 325 100
Mitsubishi 140 126 59 37 25 7 2 1
Toyota 141 1,054 1,208 67 13 5

Source: https://www.energy.ca.gov/files/zev-and-infrastructure-stats-data

フレーミングとは: 人間が状況を理解するために使う思考ツール
  1. 何が大事で何が大事ではないということを判断するフィルター
  2. 因果関係のモデル
  • フレーミングの違いによって同じエビデンスやデータでも、真逆の解釈になることがある
  • リフレーミングとは、新しいフレーミングで物事を改めて考えることである。