30年経過した1993年の外交文書が近く公表される。その中に私が参加したガット・ウルグアイ・ラウンド交渉に関するものがある。
日本の最大の問題はコメの輸入制限だった。交渉では、関税以外の輸入制限などを廃止し、1986~88年(基準年)の内外価格差を関税とし、基準年の消費量の5%に当たる低税率の輸入枠(ミニマムアクセス)を設けることが要求された。いわゆる「例外なき関税化」である。
我が国では多くの輸入制限品目で関税化反対が主張されたが、特にコメの政治的な重要性は格別だった。我々交渉団は国内の政治的な要求と関税化に一切例外を認めない諸外国との板挟みにあった。
私は交渉妥結までの2カ月間ジュネーブに滞在し、主に日本、米国、欧州連合(EU)、オーストラリア、ガット事務局からなる少人数交渉に参加した。ここでは、日本のコメのほか輸出制限への規律など農業協定上の様々な法律問題を議論した。我々はミニマムアクセスを8%に高めることを代償に関税化の例外を勝ち取った。交渉団としては成功だった。ガット通の宮沢喜一氏は「パーフェクトゲーム」と表現してくれた。
一方、関税化した品目は、内外価格差が大きかったので、実質的な輸入禁止にあたる高関税を設定できた。しかし、コメは関税化反対というスローガンに縛られ、高関税化の実を取ることができなかった。結局コメも遅れて関税化したが、ミニマムアクセスは7.2%と高いままだ。
交渉が問うたのは農業の競争力である。EUは農政改革で乗り切った。日本も交渉後は競争力を高めなければ貿易の自由化に対応できないと認識して新しい基本法を作った。最近の農林水産省は構造改革にまた背を向けようとしているように見える。残念だ。