メディア掲載  グローバルエコノミー  2024.12.12

食料安全保障に矛盾する米政策

─ 既得権益にのみ奉仕する憲法違反の農林水産省

月刊誌「改革者」(2024年12月号)掲載

農業・ゲノム

2024年米が不足し価格が高騰した。猛暑の被害や消費増加が原因に挙げられているが、減反政策によって生産を減少させていることが根本にある。減反を廃止すれば食料自給率は38%から70%以上に上がるが、既得権者に奉仕する農林水産省は減反を止めない。

米不足の根本的な原因

2024年夏スーパーから米が消えた。しかし、米不足を認めない農林水産省は備蓄米の放出を拒否した。

高温障害で〝乳白粒〟などの被害粒が生じたうえ、インバウンド需要などで米消費も増加した。これらが米の全体需給に占める割合は、合わせても5%にもならないのに、米の価格や需給に大きな影響を与えた。JA農協や農林水産省は少しでも生産が増えて米価が低下することを恐れて、農家にギリギリの生産しかさせないからだ。23年産の米生産量は減反で前年の670万トンから9万トン減少していた。そこに、猛暑等が引き金になって米価が上昇した。数年前からJA等は農家にもっと生産を減らすように指導してきた。米のJA全農と卸売業者との取引価格は、60キログラムあたり、2021年産12804円から、24年産は2万円の大台を超えた(22700円)。高米価を批判された食管制度時代の水準に戻ったのだ。これは農林水産省にとって成果である。備蓄米を放出すれば、供給が増えて米価はもとの水準に戻ってしまう。

減反は米殺し

減反廃止は安倍内閣のフェイクニュースだった。14年農林水産省、自民党農林族、JAの〝農政トライアングル〟は、国から都道府県等を通じて生産者まで通知してきた米の生産目標数量を廃止する一方、減反政策のコアである補助金を大幅に拡充した。これを政権浮揚に使おうとした安倍首相は「40年間誰も出来なかった減反廃止を行う」と大見栄を張った。面白いことに、07年に安倍首相自身全く同じ見直しをして撤回していた。40年間どころか6年前にあなたがしていたのだ。しかし、当時はだれも廃止とは言わなかった。

生産目標数量の廃止さえもフェイクだ。現在も農林水産省は翌年産米の〝適正生産量〟を決定・公表し、これに基づいて、都道府県、市町村段階で、JAや行政等が参加する農業再生協議会という組織が米や他の作物をどれだけ作るかを決定し、これを生産者に通知している。実態はなにも変わっていない。

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1 米生産量の推移(1961年=100
出典:出所:FAOSTATより筆者作成


減反は水田面積の4割に及ぶ。減反は生産を抑える政策なので、米の単収を増加させる品種改良は、国や都道府県の研究者にとってはタブーになった。単収とは生産性に他ならない。今では、減反開始時には日本と同じ水準だったカリフォルニアの米単収は、日本の1.6倍、情けないことに、1960年頃は日本の半分しかなかった中国にも追い抜かれてしまっている。

1960年から世界の米生産は3.5倍に増加しているのに、日本は減反補助金をつけて4割も減らした。水田面積全てにカリフォルニア米ほどの単収の米を作付けすれば、長期的には17001900万トンの米を生産することができる。単収が増やせない短期でも、900万トン程度の米は生産できる。

平成の米騒動は冷夏が原因と言われているが、根本的な原因は減反である。当時の潜在的な生産量1400万トンを減反で1000万トンに減らしていた。それが不作で783万トンに減少した。しかし、通常年に1400万トン生産して400万トン輸出していれば、冷夏でも1000万トンの生産・消費は可能だった。

今は水田の4割を減反して生産量を650万トン程度に抑えている。国内で消費が増えても輸出で調整すれば、令和の米不足は起きなかった。同じく補助金を出しながら、生産を減らした日本に対し、EUは生産を減らすことなく域内の過剰農産物を輸出で処理した。EUなら米騒動は起きなかった。

JA農協と農林水産省の大罪

減反・高米価はJA発展の基礎である。米価を高く支持したので、コストの高い零細な兼業農家が滞留した。かれらは農業所得の4倍以上に上る兼業(サラリーマン)収入をJAバンクに預金した。また、農業に関心を失ったこれらの農家が農地を宅地等に転用・売却して得た膨大な利益もJAに預金され、JAは預金量100兆円を超すメガバンクに発展した。減反で米価を上げて兼業農家を維持したこととJAが銀行業と他の事業を兼業できる日本で唯一の法人であることとが、絶妙に絡み合って、JAの発展をもたらした。

米価が下がると米生産が維持できなくなるという指摘がなされる。しかし、米生産を維持するために、米生産を減少させる( 減反である)というのは矛盾していないだろうか?

アメリカやEUは農家の所得を保護するために、かなり前から高い価格ではなく政府からの直接支払いに転換している。日本の農業保護は欧米に比べて高いうえ、その78割が直接支払いではなく高い価格によるものだ。

しかも、小麦や牛肉のように、国産の高い価格を維持するために、輸入品にも関税をかけて消費者に高い食品を買わせている。国産の保護を価格から直接支払いに置き換えることで、輸入品への関税は不要となる。農業の保護は同じで、消費者は安く食料を購入できる。しかし、消費税について逆進性を主張する政党があっても、農政の逆進性はどの党も問題視しない。

価格支持にも金をかけている。通常なら、医療のように、国民は財政負担をすれば安くサービスの提供を受けられる。ところが、減反は毎年3500億円の財政負担をして農家に補助金を払って生産を減少させ、消費者に高い米を買わせるというものである。財政負担をして消費者負担を高めているのだ。

減反を止めて輸出していれば、食料危機の際には輸出していた米を食べればよい。輸出は無償の備蓄となる。これで毎年500億円使っている備蓄費用が要らなくなる。輸出が行われれば、国内価格は輸出価格よりも下がらない。輸出価格は最低支持価格の役目を果たす。

サラリーマンの兼業農家に所得補償(直接支払い)は必要ない。主業農家にのみ価格低下分を直接支払いすれば、1500億円の支出で済む。国民は米価が下がったうえ、納税者として2500億円の負担を軽減される。輸入食料途絶の危機への備えにもなる。減反廃止による米価低下と直接支払いで零細農家が退出し農地が主業農家に集積すれば、そのコストが下がり収益が上昇するので、これに農地を貸して地代収入を得る元零細兼業農家も利益を得る。

今ではカリフォルニア米との価格差はほとんどなくなり、日本米の方が安くなる時も生じている。減反を廃止すれば価格はさらに低下し、輸出競争力は増す。国内の消費以上に生産して輸出すれば、その作物の食料自給率は100%を超える。さらに、水田二毛作を復活し麦生産を増やせば、食料自給率は70%以上に上がる。最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止による米の増産・輸出である。

欧米にも農家の利益を代弁する政治団体はある。しかし、これらとJAが決定的に違うのは、JA自体が経済活動も行っていることである。このような組織に政治活動を行わせれば、農家の利益より自らの経済活動の利益を実現しようとする。その手段として使われたのが、高米価・減反政策である。農業団体であるJA農協が自らの組織の利益のために、米殺しをしてきたのだ。

米農家が減少して米の供給ができなくなるとNHKは報道したが、これはJA寄りのフェイクニュースである。農家の78割が米を作っているのに、米は全農業生産額の16%に過ぎない。減反のせいで米農家は多すぎるのだ。

農林水産省や農林族議員も JAに依存した。JAは多数の農民票を取りまとめて農林族議員を当選させ、農林族議員は政治力を使って農林水産省に高米価や農産物関税の維持、農業予算の獲得を行わせ、JAは減反で維持した零細農家の兼業収入を預金として活用することでトップレベルのメガバンクに発展した。

輸入途絶で深刻な危機を招く農政リスク

農林水産省は、世界的な穀物価格高騰による買い負け、輸入リスクを強調する。しかし、カロリー供給で重要な穀物・大豆の輸入額が全輸入額に占める割合は11.5%程度に過ぎない。日本が穀物等を買い負けることはない。

輸入品を買い負けるというのに、それよりはるかにコスト・価格が高い国産品の生産を増加して消費者に買わせようとするのは矛盾しないだろうか?国産の方が安いなら関税は撤廃すべきである。

農林水産省が低い食料自給率の向上を主張したのは、カロリーの6割を海外に依存していると言われると、国民は農業予算や保護を増やすべきだと思ってくれるからだ。同省が真剣に食料安全保障や食料自給率向上を考えたことはない。本気なら減反などしない。

シーレーンが途絶して物理的に食料が輸入できなくなると深刻な危機が生じる。危機が発生した際に利用できるのは減反により生産された前年産の米(700万トン)なので、国民が必要とするカロリーの半分しか供給できなかった戦中・戦後の配給量(1人1日当たり23勺で今の人口だと1600万トン必要)の半分しか供給できない。大変な飢餓が生じる。

国民は高米価・減反政策に無関心だった。しかし、台湾有事になって、初めて国民は農政トライアングルに食料・農業政策を任せてしまった愚かさに気が付くに違いない。戦時中も米が過剰から不足になると、農政は農業保護から消費者保護に一気に転換した。危機が発生すると、減反など直ちに廃止される。

全国民が餓死するという事態を前にしては、JA農協の既得権など吹き飛んでしまう。しかし、この時では遅すぎる。暴動を起こしても、誰も国民を救ってくれない。亡国農政のツケは、同省の行動を止めなかった国民に回ってくる。

現在が戦中戦後に比べ決定的に不利な点が2つある。1つは、大日本帝国として食料自給を達成したうえで戦争を開始した。しかし、米供給の2割を占める植民地米が不作等で移入できなくなり、それに代わるタイ等からの輸送船をアメリカに沈没され、23勺の配給を維持できなくなって万事休した。当時カロリー供給の太宗を占めていた米の8割は国内で自給していた。しかし、今の食料自給率は38%に過ぎない。次に、戦後の未曾有の食料難を救ったのはアメリカの援助である。しかし、シーレーンが破壊されるとアメリカからの援助は届かない。

日本と対照的に中国は食料安全保障に真剣である。主食の米を減産した日本に対し、中国は1961年以降、米は4倍、大豆は3倍、小麦は9倍、トウモロコシは14倍に生産を増やしている。さらに、中国は2005年以降穀物備蓄を増強している。また、ゲノム編集による大幅な生産増加を意図して、アメリカの研究機関に優秀な人材を多数派遣している。

しかし、減反は廃止できない。農林水産省が目を向けるのはJAであって国民ではないからだ。農政トライアングルが推進する減反政策によって、補助金を負担する納税者、高い食料価格を払う消費者、取扱量減少で廃業した中小米卸売業者、零細農家滞留で規模拡大できない主業農家、輸入途絶時に食料供給を絶たれる国民、全てが農政の犠牲者となっている。農林水産省は「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法第15条第2項に違反している。食料安全保障のための最善の政策は同省の廃止だろう。