山下研究主幹が農業林業分科会会長を務める制度・規制改革学会は、『農業改革についての緊急政策提言』を発表しました。
2024年夏には、主食であるコメが店頭から消える異常事態が生じた。その後、新米が流通したことからコメの量的な不足は解消したが、東京都区部の小売価格は前年比 60~70%も高くなっている。これは他の物価上昇にも波及し、消費者、とくに低所得層に大きな負担をかけている。他方、生産者が農協を通じて卸売業者に販売する価格は2万3千円(60kg当たり)に高騰し、高い米価を批判された食管制度時代の水準さえも上回っている。こうしたコメの生産者重視、消費者軽視の農業政策を抜本的に改めるべきである。
農業保護は他国でも行われているが、他の先進国は価格による保護から政府からの直接支払いに転換している。高価格による保護を行っている日本でも、農家に多額の補助金を支払って減反し、価格を吊り上げて、納税者と消費者の双方に大きな負担を課すような異常な農業保護政策はコメだけである。また、減反政策で食料自給率を低下させてきたため、仮に台湾有事等で、食料の輸入が途絶えた際には、国民に十分な食料を確保できないリスクも大きい。減反政策を止めて、平時からコメを輸出していれば、万一、食料輸入が途絶えても、輸出分を国内消費に転換できる。平時の輸出量は無償の備蓄の役割を果たす。
零細兼業農家主体で生産コストの高い現在の米作から、主業農家に農地を集約することにより、大規模化によるコストダウンや高付加価値化を図り、生産性の高い農業を実現することが可能となる。国際的に評価の高い我が国のコメの輸出の増加を通じて、若い男女の雇用機会も拡大し、出生率も回復すれば、地域経済を振興させることができる。こうした抜本的な農業改革を新政権に望みたい。
国から生産者まで生産目標数量を指示することを止めたことをとらえて「コメの減反政策は廃止」と主張されたが、農林水産省が提示した適正生産量に基づき、JA農協と自治体が都道府県、市町村段階で協議会を設け生産者に生産量を指示する仕組みは温存されている。逆に、減反政策のコアだった主食用米の生産を減らすための補助金は拡充され、毎年3500億円の補助金が交付されている。
農林水産省や JA農協は供給が増えることで米価が低下することをおそれ、ギリギリの生産しか行わせない。これが、今回の猛暑やインバウンド需要によるわずかな需給の変動で大きな価格上昇を招いた 1。現在の高米価を解消するためには2025年産のコメの生産量を拡大しなければならないのに、先日、農林水産省が提示した適正生産量は24年産と同量だった。農林水産省やJA農協は来年度も現在と同様の減反を続け、この高価格水準を維持するようだ。高い米価は、農家だけでなく、コメの取引手数料に依存する農協にとっての大きな利益となる。また、高米価で温存された兼業農家の勤労者収入などが預金され、JA農協は有数のメガバンクに発展した。消費税の逆進性を問題視する政党はあっても、主食であるコメの価格を税金によって上げるという究極の逆進性を持つ減反政策はだれも問題としない。
こうした高価格維持のためのカルテルは独占禁止法違反である。通常の協同組合は独占禁止法の適用除外となっているが、JA農協は准組合員という特殊な組合員を有しているため独占禁止法の規定では適用除外とならない。それを、農協法により政策的に救済し適用除外としている。毎年、水田の4割に及ぶコメの減反を実施し、消費者に大きな負担を課すカルテル行為を放置する公正取引委員会の責任や、その根源には農協法に独占禁止法の適用除外となる規定を導入した農林水産省、さらにその規定を長年放置している国会の責任が問われている。
日本のコメ農業保護のためには多くのコストがかけられている。①主食用米の生産抑制のための麦、大豆、飼料米や輸出用米等への補助金に約3500億円、②毎年20万トン購入(5年後に飼料米で売却)の備蓄米に約500億円、③ミニマムアクセス米輸入に約500億円と合計約4500億円を国民納税者は毎年負担している(2023年)。輸出用米への補助金はWTOに違反している。
これに加えて減反による米価の引上げで消費者の負担額は約3000~7000億円 2と推計される。OECDの推計では、日本は農業保護費用に占める消費者負担比率は2021年で約80%と、加盟国の内でトップクラスの水準にある。
コメの減反政策は農業の生産性向上を阻む大きな要因ともなっている。コメの生産減少を目的とする減反によって、コメの面積当たり収量(単収)を増加させる品種改良は長年タブーになっている。この結果、カリフォルニアのコメ単収(生産性)は日本の1.6倍である。また、1960年頃は、生産性が日本の半分しかなかった中国にも追い抜かれている。1960年から世界のコメ生産は 3.5倍に増加しているのに、逆に日本は補助金を出して4割も減少させた。
日本市場の25倍の1億6千万トンの規模を持つ中国のコメ市場で、ジャポニカ米の消費シェアは20年前のほとんどゼロの状態から4割まで増大している。また、同市場では日本のコメは中国産の10倍の値段で取引されている。さらに、今後、アフリカ等のコメ消費国が発展するなかで、日本の良質のコメの輸出が増えないことの国民経済上の損失は大きい。
日本を農業立国とするための基本政策として以下の3つがある。
第1に、減反政策の廃止である。コメの減反を止めれば1,700万トンの生産が可能で、内1,000万トンを輸出すれば、世界の食料安全保障に大きく貢献する。国内の需給の増減や食料が輸入できなくなっても輸出量で調整すれば良い。国内の消費以上に生産して輸出すれば、コメの自給率は243%となり、全体の食料自給率も 60%以上(カロリーベース)となる。平時の輸出は、財政負担の必要なき無償の備蓄と同じで、トータルとして4,500億円の財政負担は解消される。米価の下落対策としての主業農家への補償額は1,500億円にとどまる。零細の兼業コメ農家も国民の平均所得と同じ400万円程度の所得があり、所得補償は必要ない。農業収入はむしろマイナスで、米価が高いため町で高いコメを買うよりも赤字でもコメを作った方が有利なため、米作を継続している。減反を廃止して米価が下がると、これらの農家は農地を貸し出して地代収入を得ることで家計所得は上昇する。
第2に、農地の主業農家への集積である。コメ農業は規模の利益の大きな産業である。兼業農家の高齢化・廃業で耕作が出来なくなっても、都市部の相続人が農地を手放さない結果、耕作放棄地が増えている。これは農地法第一条の目的に掲げる耕作者主義に違反している。農地法は農地改革の成果を固定するための立法であり、小作人に譲渡した農地が農業のために使われなくなったときは政府が買い取るという規定があったにもかかわらず、農林省はこの規定を放棄した。これが農家や相続人による大量の耕作放棄と転用を生んだ一因である。フランスは確固たる土地利用規制(ゾーニング)と土地公社に譲渡される農地の先買権を与えることによって農地の確保と集積を実現している。減反廃止で米価を下げて農地を市場に出させるとともに、農地中間管理機構による農地の先買い制度を設け、農地の流動化を促進すべきである。
第3に、農業への新規参入の促進である。都市部の若年層が雇用者として農業に従事することを可能にするためには、多様な形態の法人による大規模農業や、デジタル技術を活用した高付加価値の農業経営を促進する必要がある。さらに、農家出身以外の者が小さい株式会社を作って出資を募り、これによって農地を取得して農業に参入する途を農地法は閉ざしている。農業の後継者がいないと言いながら、農地法が農外からの新規参入を拒んでいる。株式会社による農地取得についての農地法の規制について、廃止を含め抜本的に見直すか、農業の後継者を確保するため、少なくとも一定額以内の資本金の株式会社による農地取得は認めるべきである。
地方創生のカギは農業の活性化であり、都市部からの多様な人材の新規参入を促すことで、日本を農業大国として発展させる余地は大きい。
1 食料の需要も供給も非弾力的なので、このような事態を招きやすい。わずかな供給減少で大幅な価格上昇を実現できるという特徴を利用しているのが減反政策である。生産者は利するが消費者には大きな負担を生じる。
2 粗い推計であるが、減反を行った結果の国内米価を1万5千円(60kg当たり)とし、3000億円は輸出(1万2千円)が行われ国内価格も輸出価格まで上昇する場合で、7千億円は輸出が行われず国内の需給均衡価格を8千円とした場合である。現在の2万3千円の国内米価を前提にすると1兆1千億円~1兆5千億円となる。