コラム  国際交流  2024.10.28

【2024年アメリカ選挙直前】アメリカ大統領選挙戦を理解する上で最も重要なチャート:

世論調査統計をリフレーミング

米国

2024年のアメリカ選挙戦は劇的な展開が続いている。まさかの民主党候補の突然の交代と共和党候補の銃撃事件、そして経済、社会、国際関係や根本的な世界観など、アメリカの有権者の分断と対立が続く。いよいよ選挙直前になるが、そこで日米の報道のロジックに疑問を持たざるを得ない。

それは、日々変わる世論調査の結果があたかも選挙戦の勝敗確率のように伝えられているからである。現在の世論調査は選挙の結果予想に大差がある場合はそれを明確にするには役立つが、僅差を図るのには適していない。木刀で刺身を捌こうとするようなもので、そこまで高い精度で僅差の変化を測れる手法ではないということを理解しなければならない。その理由はいくつかこれから並べるが、まずはこれを見て欲しい。

アメリカの選挙戦を理解する上で恐らく最も重要な図である可能性が高い。

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Source


1976
年から2020年までの大統領選での有権者の投票率と投票結果を並べた図である。これは通常の世論調査の「ハリス49%、トランプ51%」など、足すと100%になるイメージとかなり異なる。

驚くほど多い「無投票」

少なくてもこれまで数十年の選挙では民主党候補、共和党候補に投票した人の数よりも「投票しなかった」という人がかなり多かった。1976年などは民主党27%、共和党26%に対して「投票しなかった」が何と46%だったのである。これは多くの人にとっては驚きなのではないだろうか。

そして2020年にバイデン大統領がトランプ元大統領に勝利した選挙では、少なくても数十年ぶりにどちらかの党に投票した人の数が無投票の人の数を上回った。

したがって今回の選挙では「前回民主党を支持した人がどれだけ共和党にひっくり返り、民主党がどれだけ共和党にひっくり返ったか」ということに並んで、「前回投票しなかった人がどれだけ今回は投票し、どちらに投票するのか」ということが最も重要である。

ほとんどの世論調査は、「もし今日、明日に大統領選があったら誰に投票するか」という趣旨のことを尋ねる。そこに選択肢としては「本音は投票しない」などの意見は反映されにくい。

しかし、ニュースは「分かりません」ということでは、ビジネスモデルの観点で絶対に必要なクリックや広告、視聴者を獲得できない。刻一刻と変わる世論調査結果を新しいニュースとして伝え続けることで視聴者は反応するので、次々に新しい結果を伝えるという循環にとらわれざるを得ない。

また、僅差の選挙の場合、選挙を戦っているそれぞれの党や候補の選挙対策チームも世論調査のデータに頼るしかない。

世論調査はどうやって「無投票」の意見を反映させるのか?

しかし、これほど無投票の人が多い選挙で世論調査はどれほど実際の有権者の行動を捉えられるのか?

そもそもどうやって無投票層の人たちの意見を聞いているのか?

現代の世論調査は特に難しい。

本質的な統計学の話から始めると、特性を知りたい母体(Population)があり、そこからサンプルを取ることで全体の特性が分かるというのが理想のサンプル調査である。そして、サンプルが母体を正確に表すにはランダム・サンプルがベストである。母体から本当にランダムにサンプルを選び、ある程度の数以上のランダムなサンプルが集まることによって、全体の特性を正確に反映しているということになる。サンプルがランダムではない場合、バイアスがかかり、母体を正確には表しているとは言えない。そこでサンプルのバイアスがどんなものであるかを把握し、採取が少ない方のデータをより重く反映するように様々な工夫をする。そのためには専門家でなければ理解が非常に難しい高度な手法が色々ある。

しかし、どんなに高度な手法でも、ランダムではないサンプルはどんなバイアスがかかっているのかという前提条件を定める必要がある。そしてこの前提条件が合っているのかどうかを真実に照らし合わせてチェックするのは非常に難しい。

さて、そこで大統領選の話に戻るが、選挙戦で最重要である「投票しなかった」という人たちの意見はどうやって世論調査に反映させるのか?そもそも母体である全有権者リストを世論調査を行う企業や団体は持っていない。(日本だと住民票に連動して有権者にハガキが届くが、アメリカは州単位で有権者が自発的に投票登録を行わなくてはいけないという事情がある。また、個人情報保護の観点でそのようなリストは手に入らない。)

昔は電話帳が比較的多くの人をカバーしているのでそこからランダムに選んで電話調査をするという手法があった。しかし、現在はどうだろう。電話帳に登録している固定電話を持っている人は右肩下がりで、特に若い人では少ない。(著者はもはや若いとは言えないが、5年前に引っ越してから固定電話を持っていない。)しかも若い人の方が選挙で投票率が低いという万国共通のトレンドもあるので、この重要な無投票層は捕まりにくい。

では携帯電話番号のリストをどこかの民間企業から買収して、携帯電話に電話調査をするのはどうであろうか。一定数は応答するかもしれないが、多くの人は知らない番号からの電話には出ないだろう。著者は絶対に出ない。そして留守番電話に「世論調査を行なっていますのでこちらの電話番号に折り返しお電話ください」などと言われても、危険な業者や迷惑メール・電話の嵐につながる可能性や、最近話題の闇バイトの勧誘などにつながる恐れがあるので、普通の人はわざわざ電話代まで払って折り返し電話をするなんてことはしないだろう。また、もし携帯電話に出ても、「世論調査です」と言われた瞬間に電話を切る人がかなりの割合ではないだろうか?

では「インターネット調査」という言葉も見かけるが、そもそもメールアドレスのリストはどういうリストで、どの様なところから入手しているのか。そして既にバイアスが掛かったそのリストを基に、ランダムに選んでメールを送った場合、回答する人はどの程度いるのか?「世論調査を行なっているのでこのリンクをクリックしてください」というメールを受け取ったら、ほとんどの人は「これは絶対クリックしてはいけないリンクにしか見えない」と思うのではなかろうか。企業が「自社製品を使っているユーザー」など、ある程度既に繋がりがある人々にメールをするならともかく、できるだけ有権者全体をカバーする母体のリストからランダムに送らないとサンプルとして全体を反映しにくい世論調査は非常に困難である。

さらに、直接有権者を訪問して聞くという手法は、有権者全体の住所が載っているリストから本当にランダムに選んだ住所に出向かなくではいけない。膨大な時間とリソースがかかる。特にアメリカでは田舎の州の方が1票の格差がかなりあり(アメリカの上院では最大60倍以上)、そのような田舎の州は人口密度が非常に低く、隣家に行くだけでも車を使わなければならないほど広い。また、時間と資金のコストだけではなく、世論調査をしようとランダムに定められた人の家に突然訪問することは危険すら伴う。アメリカで州によって、家の住人が身の危険を感じたとして自分の土地に入って来た人に危害を加えても(銃で撃っても)正当防衛となる。特に田舎の州では道路に面した郵便受けから家までの距離がやたらあるので、玄関先でドアベルを押すという感覚では全くない。

別のコラムで紹介するが、アメリカの選挙制度において選挙人団という仕組みが、数多くの田舎の州でギリギリ勝利した方が投票数のインパクトを最大限に活かせるので、国民投票数では負けている大統領候補が勝利してしまうことがある。この制度では田舎の州のインパクトが非常に強いが、田舎の州は世論調査のデータが最も集めにくい。アメリカの田舎をイメージする場合に役立つ写真を数枚紹介したい。著者の祖母が住んでいたミネソタ州の田舎はこんな感じのところである。(お隣さんが見えない。真冬は氷点下30度になることもある。)

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こちらがお隣さんで、郵便受けから家が見えない

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さらに行くと、ゴミの回収スポットである舗装された道路からは家がほぼ見ない。ギリギリ見えるのは離れの小屋である。

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こちらはそれなりに立派な家だが、道からだいぶ距離があり、こういう人たちは固定電話にも携帯電話にも出なかったら一体どうやって世論調査に含めるのだろうか。この地域から一番近い小さな街までは車で20分ほどかかる。

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Source: Google Street View


選挙で投票しない人は、元から政府に関心が無かったり、政治や政府が嫌いなので投票しないポリシーの人も多い。そういう人たちが「今回ばかりは投票せねば」と立ち上がった時の選挙結果は、事前の世論調査結果とは大きく異なる結果となりうる。

これまでに大きく外れた世論調査:今回はどうなる?

実際、過去のアメリカの大統領選では多くの世論調査はかなり外れた。2008年ではオバマ氏の飛躍を捉えておらず、過小評価していた。2016年のほとんどの世論調査はクリントン氏有利としていたが、トランプが勝利した。そして2020年ではバイデン大統領がかなり差をつけて世論調査では勝っていたのにも関わらず、思いの外僅差での勝利となった。逆に、2022年の中間選挙では多くの世論調査が共和党の圧勝を予想していたが、そうはならなかった。ニューヨークタイムズは過去の世論調査の平均値を振り返り、どのくらい外れたのかという記事を載せているぐらいである。

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Source: https://www.nytimes.com/interactive/2024/10/17/us/politics/national-polls-election-results.html


そこで今回の世論調査はどこも僅差で、どちらに転ぶのかが分からない。

特定の僅差の世論調査結果から「こちらが優勢」というニュースはミスリーディング

したがって下記のような報道を見ると「トランプ優勢」に見えるかもしれないし、解説者は実際にそういう言い方で伝えている。これが60%40%などの大差だったらそう言えるだろう。しかし、僅差の場合はそうは言えないのが実態である。言えるのは、「この日のReal Politics世論調査の調査結果は僅差でトランプ優勢を表しているが、ここまで僅差だと実際には分からない」というのが実態である。しかし、それではもちろんニュースもクリックを稼ぐ記事にもならない。

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SourceNHK7時のニュース」1022


実は蓋を開けたらトランプの圧勝となる可能性もあるし、そうでもない可能性もある。ここまでの僅差だと調査結果によって異なるので、むしろ一つだけの世論調査を選ぶ場合、なぜそれを選ぶのか、という質問にもつながる。

1022日にニューヨークタイムズの世論調査を見たら、以下のような世論調査結果だった。ニューヨークタイムズは数多くの世論調査の平均値を取るという手法である。NHKが使用したリアル・クリア・ポリティクスのものとはほとんど逆である。ただ、こちらの方が正確である可能性が高いとも言えない。たくさんの世論調査の平均値を取る手法は、どの調査を含め、どの調査を含めないのかという判断によって結果が異なるので、ここまでの僅差だと採用基準が少しでも変わると表示される結果が異なる。

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Source: www.nytimes.com


ちなみに、同日のワシントンポストはこちらだった。

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Source: www.washingtonpost.com



上記の全ての世論調査や世論調査平均の表示法は、非常に僅差の場合は「僅差で不明」と表示した方が読み取る側としての誤解が少ない。特定の州が世論調査で1%未満でどちらかが高いというのは「優勢」とも言えない。上記のNHKの表示法を一目見たらトランプがかなり優勢に見え、ニューヨークタイムズやワシントンポストの表示法だとハリスがギリギリ優勢、と見えてしまう。しかし、実際のところここまでの僅差だと本当に分からないのである。しかし、報道としてはほんの少しの変化でどちらかが優勢だったのがひっくり返ったりした方がニュースとなるので、読者はこの力学と真相を理解しておく必要がある。

世論調査の平均値、という手法も読者は知るべき

下記の図がニューヨークタイムズの過去データを含んだまとめだが、国全体のものと、それぞれの州単位のものがある。全国単位のものでは赤と青の線が平均値であり、上下の点にはどれほど離れているものがあるのかを見てみると興味深い。

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そして内訳のページを見ると、なんと1305もの世論調査が並べてあり、それぞれの結果を見ることができる。

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Sourcehttps://www.washingtonpost.com/elections/interactive/2024/presidential-polling-averages/


こういう「平均値」という考え方の強みはもちろんあるが、双方とも同じ数の極端に偏った調査が存在するのではなく、どちら側かにより多くの偏った調査がある場合、平均値がそちらに引っ張られてしまう。こちらも僅差であれば僅差であるほど、少しでも引っ張られることの影響が大きい。

実際に選挙をやってみたらトランプの圧勝となるかもしれないし、ハリスの圧勝の可能性もある。あるいは、あまりにも僅差で大混乱になる可能性もある。

まとめ:僅差での世論調査の限界と、別の角度から見たフレーム

著者は世論調査を実施する研究者などに対して最大限のリスペクトを表したい。もちろん、悪質な結果ありきのものもあるが、大部分はデータ集めが困難な状況と予算的な制約の中、精一杯頑張っている人たちが作り上げたものである。

しかし、現代社会で、特に非常に僅差で割れている世論の場合、いかに「世論調査結果=勝利の確率」というフレーミングがミスリーディングなのかを伝えたい。

世論調査の専門家の一人はわかりやすい言葉でこう述べた「今の僅差での世論調査は、ツールとして可能な精度以上の精度を求められている。」

実は共和党はこれまでに100近い訴訟で、投票登録や投票の数え方、投票結果の認可方法など、既存の選挙制度に対して疑心を募らせる政治戦略に出ている。特に選挙結果が僅差となると、直ちに大量の訴訟を起こす準備をしているので、選挙後にもしばらくは混乱が続くと予想する政治の中心に近い人が多い。事前世論調査では勝っていたのに選挙結果では負けたとなると、「それは選挙が不正だったからだ」

という政治戦略が成り立ちかねない。2020年の選挙結果は不正だったとして議会議事堂の襲撃につながった政治力学が今後も尾を引いて分断を深め続ける事態は避けたいところである。

日本の選挙戦が終わったところだが、「選挙は不正だった」「結果は受け入れられない」といった政治戦略が今の日本には無く、今後もそうあり続けることと願いたい。