出回り始めた新米は、近年にない高値で販売されている。主食の米の価格高騰は家計の負担だ。米の価格はそろそろ下がるのか。
「新米が入ってきたんですけれど、値段がすごく高くて、お客さんはあまり来ない」
埼玉県越谷市の浅見米店の3代目店主・浅見正史さんはそう嘆く。
「夏の米騒動のときは、『新米が出るまでは我慢しよう』と、お客さんは高い値段でも買っていた。今は、『新米が出ても高いままか』と、買い控えが続いています」(浅見さん)
今年の米の価格は平均で昨年の約1.5倍だ。「魚沼十日町 棚田コシヒカリ」は同店で5キロ4240円。浅見さんは今後、「価格は多少落ちついても、高値で推移する」と予測する。 米業界全体としては依然として品薄だからだ。昨秋は、前年の在庫と新米を同時に販売していた。市中在庫に余裕があった。ところが、今秋は「去年からの繰り越しがゼロ」(同)だ。
「来春から米不足に陥る可能性を見越して、卸売り大手が高い値段で米を買いまくっています。大口の飲食業者に対して在庫を切らすわけにはいきませんよね。もう元の価格に戻ることはないのではないか」(同)
農林水産省の元官僚でキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹はこう指摘する。
「今年の不足分を先食いするかたちで新米を消費している。来年7、8月の端境期には再び不足が生じる可能性が高い」
米不足は国民にとって大きな問題だ。なぜ、主食である米が供給不安に陥るのか。
「需要に対し、米の生産量に余裕がないのが根本原因です。高温障害で米の品質が劣化して商品化率が下がるなどすると、米不足が発生する」(山下さん)
昨年、収穫された米は記録的な高温の影響で、白く濁った「白未熟粒」や割れた粒など被害粒の割合が増えた。昨年産の、被害粒が少ない「1等米」の比率は全国平均60.9%(2024年3月末時点)で、前年同時期を17.6ポイントも下回った。
今年産の1等米の比率は63.7%(8月末時点)。猛暑の影響で白未熟粒が多かった。大発生したカメムシの被害も受けた。
米不足の一方で、米の作付面積と生産量は年々減り続けている。
米の生産のピークは1967年の1445万トンだ。政府が農家から買入れる価格(生産者米価)を上げたので生産が増えた一方、需要は減り、膨大な余剰在庫が政府に生じた。政府はその処理に約3兆円を要した(71~83年度)。
70年、政府は米の過剰生産を抑制するため、米の生産量を調整する「減反」制度を設けた。国が都道府県ごとの生産量を決め、市町村が農家ごとに生産量を割り当てた。減反する農家には面積に応じて補助金が支払われた。
2018年に国による生産量の配分は廃止された。だが、農家への配分はかたちを変えて残った。「減反政策」は続いている。
政府は米価の安定を図るため、「需要に応じた生産・販売を推進」(農水省)する。
減反を始めた当初、そこに「米価の維持」という役割はなかったという。政府が「生産者米価」を決めていたからだ。
「1995年に食糧管理制度が廃止され、2004年に政府買い入れ価格がなくなると、政府は減反政策を高米価維持のために使うようになった。」(山下さん)
1960年代から70年代にかけて、農業協同組合(JA)に主導された米農家は生産者米価の引き上げを要求して「米価闘争」を繰り広げた。霞が関や永田町はむしろ旗に取り囲まれた。水田は票田でもあった。
「米価闘争は激しかった。農水省や農林族の議員が米価の維持にこだわるのはそのためです」(同)
国は18年産から「生産数量目標の配分」をやめたが、その代わりに毎年、米の生産量の見通しを定め、都道府県に下ろしている。それをもとに各自治体は作付面積の目安を農家に示す。それに応じて米から転作する農家には補助金が支払われる。
「この『減反』の仕組みによって、今でも国は米の生産量を毎年約10万トンずつ減らしている。需要に対してギリギリの量しか作らせない。少しでも生産が過剰になると米価がガクッと下がるからです」(同)
昨年の米の生産量は661万トン。それに対して今年6月までの1年間の米の需要量は702万トンだった。
この状況を抜本的に改善するには、「減反政策をやめること」(同)という。
「そうすれば、生産量が増える。米価も低下して、国民の家計は助かる。米価下落の影響を受ける大規模な米農家には下落ぶんを政府が『直接支払い』をして支援すればいい」(同)
直接支払いは米国やEUが主要穀物に対して行っている制度のことだ。直接支払いの予算は米の転作補助金(3500億円)を廃止することでねん出する。
「生産量が増えて米価が下がれば、輸出競争力も増す。国内の需給が多少変動しても輸出量で調整できるでしょう」(同)
昨年、今年と、米が品薄なのに政府備蓄米が放出されない理由を、「米価の下落を恐れているからではないか」と、山下さんは推測する。
農業ジャーナリストの松平尚也さんは、米の供給不安の解決策として、生産調整の見直しのほか、「備蓄米の制度を利用しやすいように整えることが必要」と語る。
備蓄米が放出されないのは、「食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)が柔軟性を欠くことが大きい」と考える。
食糧法第2条には「政府は米穀の供給が不足する事態に備えた備蓄の機動的な運営を図るものとする」という内容がある。しかし、「備蓄」を規定する同第3条には「米穀の生産量の減少によりその供給が不足する事態に備え、必要な数量の米穀を在庫として保有すること」と記されている。
昨年産の米の作況(生産量)は「平年並み」だった。そのため、「第3条に該当しなかった」(松平さん、以下同)。
仮に農水省の審議会で備蓄米の放出を決めるにしても、協議には1カ月以上かかるという。
「食糧法の制度の中身も運用も、米不足の現状にまったく対応できていません」
さらに、米価の高騰により米農家が恩恵を受けているわけではないという。
「米の代金は出荷時に『概算金』という前払い金としてJAから支払われています。肥料代や燃料代の値上がりのコストが上乗せされていないので、米農家の経営は非常に厳しい」
米を巡り、消費者も生産者も苦しい状況はまだまだ続くのか。
松平さんは石破茂新首相後の米政策に注目する。
「石破氏は米の生産調整の見直しに言及してきました。生産調整をやめて米価が下がれば、米農家への直接支払いや戸別所得補償といった支援が必要になります。自民党内をどう調整できるかがかぎになると思います」
米を巡る問題は食料安全保障や地方再生にも直結する。石破新内閣には、米の問題の抜本的な改革を期待したい。
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)