先々週はワシントンから見た自民党総裁選について書いた。先週末、早速米国の旧友からメールで「石破勝利で安倍時代は終わったのか?」と聞かれた。「そんな単純な話ではない」と筆者は返信した。石破茂内閣の誕生と総選挙の意義は何なのか。日米関係に如何なる影響が及ぶのか。筆者の見立ては次の通りだ。
◆元首相暗殺事件の結果
石破内閣誕生は2022年7月の安倍晋三元首相暗殺事件がもたらした一連の流れの究極的結果であろう。だが、これで「安倍時代」が終わったと言い切る自信はない。
安倍氏は石破氏に厳しかった。その安倍氏が亡くなってからは安倍派の弱体化が始まり、その中で世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題や自民党派閥パーティー収入不記載事件が表面化していった。今、安倍氏が存命であれば、高市早苗候補を支持した可能性が高く、総裁選の行方も変わっていたに違いない。
◆高市氏に保守票
今回多くの専門家を驚かせたのは高市候補が獲得した党員票が石破候補を上回ったことだ。安倍政権時代に自民党員となったより保守的な党員の票が予想以上に伸びたからこそ、第1回投票で高市候補は当初の予想に反し、小泉進次郎候補を超える得票で第1位となった。これが「単純な話ではない」と書いた理由である。
◆敗者は誰か
米国の別の旧友からは「今回は麻生派、旧茂木・安倍両派が敗者で、菅義偉元総理と岸田文雄前総理が勝者なのか」とも聞かれた。おいおい、確かに安倍派、安倍シンパの影響力は薄れたかもしれないが、今日本で起きている現象はもっと「根が深い」と伝えた。
現職指導層への逆風は欧米社会共通の現象で、日本も例外ではない。IT革命が西側社会を変え、労働集約型製造業の衰退で「忘れ去られた人々」の鬱積した不満が米国のトランプ現象や欧州の「極右」運動を生んだ。「失われた30年」の結果、日本の既存政党も同様の不満に直面している。その一部が今回保守票に流れた可能性は十分ある。
◆勝者はいない?
そう考えれば今回の総裁選は、今後数年間続くかもしれない「既得権益への逆風」の始まりに過ぎないのではないか。今回は石破候補が「勝った」というより、「高市勝利に懸念を覚えた」一部勢力が石破候補を選択したため高市候補が僅差で「勝てなかった」だけなのかもしれない。
◆米国からの質問
先日、米国のもう一人の旧友からもメールが届いた。総裁選中に石破候補が米保守系シンクタンクに小論を寄稿したが、その中で石破氏は、
〇日米の「非対称双務条約」を改める時は熟した。
〇日米安全保障条約と地位協定を改定することも一案。
〇米英同盟なみに日米同盟を引き上げることが私の使命。
〇日本は独自の軍事戦略を持ち、米国と対等に戦略と戦術を自らの意思で共有できるまで、安全保障面での独立が必要である…云々(うんぬん)と述べている。
これをどう理解したらよいのか、率直な意見を聞かせてほしいと言うのだ。
メールの送り主は米国政府のアジア通の元高官だ。一瞬にして筆者は「何が問題か」を悟った。石破論文は、日本の役割拡大を歓迎する米保守系論客には朗報かもしれない。だが、同論文の最後の部分を読んだ米国の伝統的「日米安保屋」の一部は、日本が「米国とは異なる安全保障政策を模索するのか」と邪推するかもしれない、と直感した。そんなはずはないのだが…。
このメールに筆者はいまだ返信していない。この返事は今後、石破新首相の真意をしっかりと見極めた上で、丁寧に書くつもりである。