メディア掲載 グローバルエコノミー 2024.09.25
国民への奉仕を忘れた農林水産省
時事通信社『金融財政ビジネス』(2024年9月9日発行)に掲載
コメが不足している。昨年産のコメが猛暑による被害を受け精米にする際の歩留まりが低下していることや、インバウンドなどにより消費が増加していることが原因に挙げられている。より根本的な問題は、減反政策によって、予想される需要ギリギリの生産しかしていないことにある。このため、わずかな需給の変動によって、今回のような事態を招く。平成のコメ騒動も減反政策がなければ回避できた。減反を廃止すれば食料自給率も60%以上に上がる。しかし、納税者が農家に補助金を出して消費者が高い米価を払うという減反は止められない。農林水産省が既得権者のためだけの行政を行っているからだ。
コメの値段が上がっている。棚からコメが消えたスーパーもある。その一方で、農林水産省はコメの需給は逼迫していないという。
コメの流通業界は、猛暑の影響で2023年産米の1等米の比率が減少したと説明している。1等とか2等とかいうコメの等級は、一定量のコメの中に、粒のそろったコメ(整粒)の比率が高いか低いか、白濁した粒など被害を受けた粒の比率がどのくらいなのか、などで決定される。イネの穂が出る頃に高温が続くと、コメの内部に亀裂が生じてしまう「胴割れ粒」や、でんぷんの形成が悪く白く濁ったように見える「乳白粒」などが生じる。この割合が多いと精米歩留まりが低下する。こうしたコメを流通段階で取り除いたため、消費者への供給量が少なくなったというのだ。
需要面ではインバウンドによるコメの消費増がある。しかし、毎月3百万人の旅行者が日本に7日間滞在して日本人並みにコメを食べたとしても、消費量の0.5%増に過ぎない。他にも、国際的な小麦価格の高騰でパンの値段が上昇し、相対的に安くなったコメの消費が増加したとか、南海トラフ地震への恐怖から消費者がコメの備蓄のため、買いに走っているのだとかという説明がなされている。
確かに、最近のコメ不足がこれらの要素によって引き起こされたことは事実だろう。しかし、これらはコメの全体需給の大きな部分を占めるものではない。足し上げても5%にもならない。本質的な問題は、こうしたわずかな生産や消費の変動がコメの価格や需給に大きな影響を与えていることである。
指摘されていない事実がある。23年産米の作況指数は平年作以上の101だった。しかし、これは、コメの生産量が前年より多かったことを意味しない。作況指数というのは一定の面積当たりの収量(「単収」という)の良しあしだからである。コメの作付面積が減少していれば、作況指数100でも、生産量は前年を下回る。
JA農協と農林水産省は、コメの需要が毎年10万㌧ずつ減少するという前提で減反(生産調整)、つまり作付面積の減少を進めてきた。23年産のコメ生産量は、作況指数101にもかかわらず前年の670万㌧から9万㌧減少した。猛暑による影響をうんぬんする前に、23年産のコメ供給量は減反で減少していたのだ。
しかも、これは過剰による米価低下を回避するための余裕のない生産計画である。平成のコメ騒動は冷夏が原因と言われているが、根本的な原因は減反である。当時の潜在的な生産量1400万㌧を減反で1000万㌧に減らしていた。それが不作で783万㌧に減少した。しかし、通常年に1400万㌧生産して400万㌧輸出していれば、冷夏でも1000万㌧の生産・消費は可能だった。今は水田の4割を減反して生産量を650万㌧程度に抑えている。同じく補助金を出しながら、欧州連合(EU)は過剰農産物を輸出で処理した。EUなら平成のコメ騒動は起きなかった。
なぜ、農林水産省は余裕のない生産を行わせるのだろうか? それは、食料の需要と供給の特性と関係がある。
胃袋は一定なので、毎日の消費量に限界がある。テレビの価格が半分になると、もう1台買おうという気になるかもしれないが、コメの値段が高くても低くても消費量はそれほど変わらない。消費量が大きく動かないので、キャベツの生産が増え、それを市場でさばこうとすると、価格を大幅に下げなければならない。 「豊作貧乏」である。逆に、長雨などで不作になると、どうしても一定量は食べなければならないので、価格は高騰し、売上高は増加する。
このように、食料の需要の特性から、供給がわずかに増えたり減ったりするだけで価格は大きく変動する(これを、経済学では食料の需要は「非弾力的」だと言う)。
他方で、食料を供給するのは農業である。特に、コメなどの穀物は温帯では基本的に年に一作である。今回のインバウンド消費の増加のように、需要が増えたからといって生産を急に増やせない。4月以降、インバウンドによる消費の増加が分かったとしても、既に今年産のコメの作付けは終わっている。生産が対応できるのは来年産で、収穫できるのは来年9月以降である。つまり、消費の増加に生産が対応するのに、1年以上かかってしまうのである。農業による食料供給の特性からも、需要がわずかに増えたり減ったりするだけで、価格は大きく変動する(短期的には、食料の供給は完全に「非弾力的」である)。
これまで需要は減少する一方だったので、毎年需要が10万㌧減るという前提の需給計画を作ってきた。需要が非弾力的なので、わずかな供給の増加によって米価は大きく下がる。これを避けるためには、できる限り生産を抑制する必要があった。今回のように需要が増加する事態は想定外だった。今回は猛暑で1等米の比率が減少し、コメの流通業者が割れたコメや被害を受けたコメなどを流通から排除した。インバウンドなどで消費も増えた。これらはコメ全体の需給からすればわずかだったにもかかわらず、米価は上昇した。
減反は今も続いている。減反廃止は安倍内閣のフェイクニュースである。14年に農林水産省、自民党農林族、JA農協は、国から都道府県などを通じて生産者まで通知してきたコメの生産目標数量を廃止する一方、減反政策のコアである補助金は大幅に拡充した。これを政権浮揚に使おうとした安倍晋三首相は「40年間誰も出来なかった減反廃止を行う」と大見えを張った。面白いことに、07年に安倍首相自身全く同じ見直しをして撤回していたのである。しかし、当時は誰も減反廃止とは言わなかった。廃止ではなかったからだ。
減反を見直した農林水産省などの当事者は「廃止ではない」と明白に否定していた。減反の本質は補助金で生産(供給)を減少させて米価を市場で決まる水準より高くすることである。減反廃止が本当なら、米価は暴落する。環太平洋連携協定(TPP)参加どころではない。農業界は蜂の巣をつついたような騒ぎになり、永田町はむしろ旗で埋め尽くされる。もちろん、そんなことは起きなかった。
減反は水田面積の4割に及ぶ。減反は生産を抑える政策で、コメの面積当たり収量(単収)を増加させる品種改良は国や都道府県の研究者にとってタブーとなった。単収とは生産性に他ならない。減反開始時には日本と同じ水準だった米カリフォルニアのコメ単収は、今は日本の1.6倍。情けないことに、1960年ごろは日本の半分しかなかった中国にも追い抜かれてしまった。
水田面積全てにカリフォルニア米ほどの単収のコメを作付けすれば、長期的には1700万〜1900万㌧のコメを生産することができる。単収が増やせない短期でも、900万㌧程度のコメは生産できる。輸出を行わないで国内だけでこれを処理しようとすると、米価は暴落する。このため50年以上にわたる減反政策でコメ生産を減少させ、米価を維持してきたのだ。これほどの期間と規模で減反をしている国は世界に類を見ない。60年から世界のコメ生産は3.5倍に増加しているのに、日本は補助金を付けて4割も減らした。
減反はJA農協発展の基礎である。米価を高く維持したので、コストの高い零細な兼業農家が滞留した。彼らは農業所得の4倍以上に上る兼業収入(サラリーマン収入)をJAバンクに預金した。また、農業に関心を失ったこれらの農家が農地を宅地などに転用・売却して得た膨大な利益もJAバンクに預金され、JAは預金量100兆円を超す「メガバンク」に発展した。減反で米価を上げて兼業農家を維持したことと、JAが銀行業と他の事業を兼業できる日本で唯一の法人であることが絶妙に絡み合って、JAの発展をもたらした。
米価が下がるとコメ生産が維持できなくなるのではないかと指摘される。しかし、コメ生産を維持するために、コメの生産量を減少させる(減反である)というのは矛盾していないか。また、米国やEUは農家の所得を保護するために、かなり前から、高い価格ではなく直接支払いという政府からの交付金に転換している。
よく私は「欧米では農業保護のやり方を高い価格ではなく財政からの直接支払いという方法に転換したのに、なぜ日本ではできないのですか?」という質問を受ける。農家にとっては、価格でも直接支払いでも同じだ。なぜ、日本の農政は高米価に固執するのか。それは、欧米にはなくて、日本にあるものがあるからである。
米国やEUにも農家の利益を代弁する政治団体はある。しかし、これらの団体とJA農協が決定的に違うのは、JA農協それ自体が経済活動も行っていることにある。このような組織に政治活動を行わせれば、農家の利益より自らの経済活動の利益を実現しようとする。その手段として使われたのが、高米価・減反政策である。
米価を下げても主業農家に直接支払いをすれば、主業農家だけでなくこれに農地を貸して地代収入を得る兼業農家も利益を得る。サラリーマンの兼業農家に所得補償(直接支払い)は必要ない。しかし、農協には直接支払いが交付されない。価格低下で販売手数料収入は減少するし、零細兼業農家が農業をやめて組合員でなくなれば、JAバンクの預金も減少する。農家戸数が減少するため農協は政治的にも基盤を失う。
コメは一年一作である。9月ごろに収穫したものを倉庫で保管し、翌年の収穫時までならして販売・消費するのが基本である。最近になってスーパーの店頭からコメが消えているのは、今の時期が次の収穫前の端境期になっているからである。しかし、昨年産米が高温障害を受けていたことは1年前に分かっていたのに、100万㌧のコメを備蓄している政府(農林水産省)もコメを農家から集荷して卸売業者に販売するJA農協も、なぜ今まで対応してこなかったのだろうか。
数年前からJA農協と農林水産省は、農家にもっと生産を減らすように指導してきた。コメの全農と卸売業者との取引価格(相対取引価格)は、60㌔㌘当たり、2021年産1万2804円から、22年産1万3844円、23年産1万5306円(7月は1万5626円)となり、この2年間で20%も上昇した。10年ぶりの高米価である。さらに、今年(24年)産の早期米(他の産地よりも早く出荷されるコメ)の概算金(JA農協が農家に支払う仮払金)の価格は、鹿児島県産コシヒカリで1万9200円と前年産より6000円高い。農林水産省としてはシナリオ通り米価を上昇させて満足しているのだ。
だから、農林水産大臣は、7月19日の記者会見で、「私自身は、需給が引き締まっているということで、特段、これによってさまざまな対応をするというような状況にはないと思っています」と述べているのである。米価の上昇はJA農協と農林水産省にとって成果以外の何物でもない。コメが不足したからといって、備蓄米を放出すれば、供給が増えて米価は元の水準に戻ってしまう。
農林水産大臣は、8月2日の記者会見で、「収穫の早い産地は、今月には新米が出回り始め、9月からは主産地の出荷も始まります。消費者の皆様方におかれましては、安心していただき、普段通りにお米をお買い求めいただきたいと思います」と述べている。これを受けて、9月になれば新米(24年産米)が供給されるので、コメ不足は解消されるという報道も見られる。
しかし、そうだろうか。基準年を一昨年の9月から昨年の8月までとして、これに対する生産と需要の変化を見よう。昨年の9月から今年の8月までの期間の供給主体となる作年(23年)産のコメは減反により前年産より9万㌧少なかった。これに猛暑による精米歩留まりの減少が20万㌧であったとすると、供給量は基準年に対し29万㌧少なくなる。消費(昨年の7月から今年の6月まで)について農林水産省は、インバウンドなどで11万㌧増加しているとしている。以上から、コメの不足量は40万㌧となる。これを今年産の早期米で早食いすれば、40万㌧の不足は次の期(今年の9月から来年の8月まで)に持ち越されることになる。
では、次の期のコメの需給はどうなのだろうか。この期間の供給の主体となる今年産もコメの需要が毎年10万㌧ずつ減少するという前提で減反(生産調整)をしているとすれば、その供給量は基準年に供給された22年産に比べ20万㌧少ない650万㌧となるはずである。しかし、農林水産省は669万㌧になるという見通しを公表している。その根拠は明らかではないが、農林水産省の見通しが正しいとすれば、基準年に比べ供給量は1万㌧の減少となる。インバウンドなどの需要が今年と同様であるとしても、基準年比では11万㌧増である。つまり、今年産米が農林水産省の見通し通りだったとしても、基準年より12万㌧の不足(減反を予定通り行っているとすれば31万㌧の不足)がある。これに今年産米を先食いした40万㌧の不足が加わる。減反を考慮しなくても次の期の不足は52万㌧となる。
さらに、今年産のコメが猛暑の影響を受けるかどうかは、これからである。胴割れ米などが起きるのは穂が出てから10日間高温にさらされていたかどうかである。今年も昨年並みの高温だった。また、台風の影響により、イネの倒伏や日照不足による不十分な登熟が起きる可能性がある。今年も昨年と同様の被害を受けているとすれば、不足は72万㌧となる。1等米の比率は年々低下しているので、これだけでは済まないかもしれない。
以上の不足分52万〜72万㌧を次期に早食いするとすれば、不足はその次の時期に持ち越される。永遠に不足が続く。
減反を止めれば、この問題は解消できる。1700万㌧生産して1000万㌧輸出していれば、国内の需給が増減したとしても輸出量を調整すればよいだけである。国内でコメ不足は起きない。
コメの輸出が増えている。今ではカリフォルニア米との価格差はほとんどなくなり、日本米の方が安くなる時もある。減反を廃止すれば価格はさらに低下し、輸出は増える。国内の消費以上に生産して輸出すれば、その作物の食料自給率は100%を超える。上記の場合、コメの自給率は243%となり、全体の食料自給率は60%以上に上がる。最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止によるコメの増産と輸出である。平時にはコメを輸出し、輸入途絶という危機時には輸出に回していたコメを食べるのである。平時の輸出は、財政負担の必要がない無償の備蓄の役割を果たす。1700万㌧あれば、危機時に必要量を確保できる。
しかし、減反は廃止できない。農林水産省が目を向けるのはJA農協であって国民ではないからだ。農林水産省は「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法第15条第2項に違反している。コメ不足を解消する最善の政策は農林水産省の廃止かもしれない。
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