メディア掲載  外交・安全保障  2024.09.13

強硬派のパラダイス、再び?

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(202495日付)に掲載

イスラエル内政が再び動き始めた。91日から全土で「数十万人規模の反政府デモ」が発生、翌日には労働組合主導によるゼネストに発展した。8月末ガザで人質6人が遺体で発見されたことに「衝撃を受けた群衆」が「早く合意を実現していれば人質は助けられた」とネタニヤフ政権に「イスラム組織ハマスとの停戦合意を求めた」、「市民が怒りの声を上げる中、政権内部からも停戦圧力がかつてなく強まっている」と報じられた。でも、本当かね?

仏語に「デジャビュ(既視感)」という言葉がある。未体験にもかかわらず、以前どこかで体験したような感覚を意味する。筆者の率直な印象も「昔も似たようなことがあったな」だった。今回はそう感じた理由を書いてみたい。

■最大規模のデモ

今回の反政府デモは昨年107日のハマスによる奇襲攻撃以来最大規模だったと報じられた。確かにその通りで、ガザで戦闘が続きイスラエル兵士が戦っている間、イスラエル人は大規模な反政府デモを控えてきた。昨年10月以前にも、司法府の権限を弱める「司法改革」に抗議する反政府デモは何度もあったが、今回のデモはそれらをはるかに上回る規模だった。

■イスラエル人の心境

「政治の判断で人質の命が失われている」と群衆は話していると報じられた。だが、こうした状況自体は昨年10月以来変わっていない。実際は、今年4月の世論調査の回答にみられるように、ユダヤ系の8割が戦闘継続でガザ住民に配慮する必要はないと考えている。

この種の議論は日本にも存在する。「人質の命を救うため直ちに停戦すべきだ」との主張があるが、これはイスラエルで必ずしも大勢とはならない。

■ネタニヤフ首相の反論

今回の大規模反政府デモに対しネタニヤフ首相は「ここで譲歩すればハマスはさらに人質を殺害し譲歩を迫ってくるだけ」と主張し要求を拒否した。ここで停戦すれば保守強硬派の内閣は瓦解し、ネタニヤフ首相は政治生命を失いかねないからでもある。でもこれって、どこかで見たような光景ではないか。それが筆者の言うデジャビュである。

■筆者の既視感

2005年、イランで改革派のハタミ大統領に代わり、保守強硬派のマフムード・アフマディネジャド氏が大統領に就任した。同大統領は、イスラエル、サウジアラビア、米国に対する敵対心とイランの秘密核開発への熱心な支持のために、西側諸国から強い批判を浴びていた。

当時中東には「強硬派の天国」が存在した。米国、イスラエル、イランの強硬派が「美しく共存」していたからだ。ワシントンの「ネオコン」、エルサレムの超保守派、テヘランの革命防衛隊などシーア派強硬派が、相互に利用し合いながら、「統治の正統性」を強化していた。

彼らは互いに憎み合っていたが、結果的には、相互に助け合ってもいた。テヘランの対米強硬派がいなければ、米国のネオコンは政策を正当化できず、イスラエルのネタニヤフ首相の対外強硬策も続かなかっただろう。

その後、イランのロウハニ大統領の下で米イラン関係は改善し、15年にはイラン核合意が成立した。ところが、18年にトランプ米政権が同合意から離脱し、トランプ政権、イランのシーア派強硬派、ネタニヤフ首相による「強硬派の天国」が再び誕生した。あれから6年、ネタニヤフ首相はもう一度「強硬派の天国」再建を目指しているようだ。トランプ再選となればその可能性は高まるが、果たして停戦交渉はどうなるだろうか。これが筆者の「既視感」である。