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日本の人口減少や少子高齢化のスピードはすさまじい。2030年には50歳以上が全有権者に占める割合は6割を超える勢いで、このような状況での民主主義は人類史上初の経験だ。都市部と地方の1票の格差拡大や、高齢者の利益が優先される「シルバー民主主義」の加速も懸念される。そうしたなか、ここ10年くらいで選挙権や選挙制度のあり方にも様々な議論が浮かび上がっている。
シルバー民主主義を選挙制度で是正するため、有権者の人口構成比に応じて世代ごとに議員の議席数を配分する「世代別選挙区制」や、各世代の平均余命に応じて世代ごとに議席数を配分する「余命投票制」が提唱されてきた。最近、導入に言及する政治家が現れて話題になった「0歳選挙権」もその一つだ。
0歳選挙権は米国の人口統計学者ポール・ドメイン氏が提唱した。正式には「ドメイン投票方式」と呼ぶ。0歳児などの子どもにも選挙権を付与し、親が代理で投票する仕組みをいう。両親が代理で0.5票ずつ投票する方式の提案が多いが、ハンガリーでは母親に追加で1票を付与する法案が提案されたことがある。
代理投票が1人1票の原則に反するという批判もあるが、ドメイン氏が問題視するのは、人口の一定割合を占める子どもに選挙権がないことだ。このため、まずは1人1票の原則にのっとり、選挙権年齢引き下げの究極の姿として0歳児などの子どもにも選挙権を付与することが本質である。その上で自らが投票できない場合に親が代理投票する方式と理解するのがよい。
なお代理投票を巡っては、認知症の高齢者などにも代理投票の制度が存在しており、その論理的な整合性や実態を含め、冷静な議論が必要となろう。
歴史を概観すると、民主主義は選挙権の拡大とともに発展してきた。日本初の制限選挙(1890年)では、25歳以上で直接国税を15円以上納める男性(全人口の1%)にしか選挙権がなかった。それが徐々に拡大し、1925年には25歳以上の男性全てに選挙権が基本的に認められた。だが戦前は女性に選挙権は付与されなかった。
戦後の1945年になってようやく男女平等の普通選挙が認められ、年齢要件も20歳以上に引き下げられた。そして2015年、選挙権の年齢要件は18歳以上に引き下げられた。
世界を見渡せば、選挙権が16歳以上の国(オーストリアやブラジル、アルゼンチン)もある。なぜ年齢要件をさらに引き下げられないのか、という問題意識が出てくるのは自然だ。例えば15歳や10歳は本当に選挙権が持てないのか。この素朴な疑問の延長線上に「0歳選挙権」がある。
この議論で争点になるのは、憲法との関係だ。憲法15条3項では「公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する」と定める。この「成年者」の意味が問題となるからだ。
だが衆院憲法審査会の資料は「ここにいう『成年者』は民法上の成年を意味するのかについて議論がある。(略)いずれの見解も、憲法は成年者に対して選挙権を保障しているだけであって、それ以外の者に選挙権を与えることを禁じておらず」と明記しており、18歳未満の子どもに選挙権を付与する可能性を否定しているわけではない。法務省「民法の成年年齢の引き下げについての最終報告書」にも、同様の記載がある。
むしろ興味深いのは、国政選挙ではないが、地方では18歳未満にも投票権を認めて住民投票を行った事例があることだ。例えば2003年に市町村合併の賛否で、北海道奈井江町は小学5年生以上に、長野県平谷村や佐賀県三瀬村(現・佐賀市)は中学生以上に住民投票を認めている。
仮に0歳選挙権が実現すると2030年・50年・70年の「全有権者に占める50歳以上の割合」はどう変化するだろうか(表参照)。
国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口(23年推計)から計算すると、選挙権の年齢要件が18歳以上の現行制度の下、出生中位・死亡中位のケースで30年時点の割合は60.6%だ。50年は63.2%、70年は65.4%まで上昇する。
これが0歳選挙権の下では30年に52.8%に低下する。50年は55.5%、70年は58.1%と、いずれも6割未満にとどまる。
内閣府「国民生活に関する世論調査」(23年11月調査)をみると、18~39歳の世代は力点を置くべき政策課題として雇用問題や教育を高い順位に挙げる。一方で60歳以上は、年金・医療や高齢社会対策を高い順位に位置付ける。高齢有権者の割合が変化すれば、政治の反応(得票戦略)も変わることが期待できる。
ドメイン投票方式を導入すると、出生率が上昇するのではないかという議論もある。理論的に可能性はあるが実際に導入した事例がないため、どの程度の効果があるか誰も分からない。
もっともドメイン投票方式が実現すると、子どもを持つ世帯の政治的な影響力が増し、それは地域別に異なるという視点も重要だ。
出生率の底上げには都市部の子育て環境を改善すべきだという意見も多い。その象徴が東京だ。東京の合計特殊出生率は全国で最下位だが、別の指標では見える風景も変わってくる。
20年の国勢調査データから、都道府県別の平均出生率(未婚を含む出産可能な15~49歳の女性人口1000人当たりの出生数)を計算すると、東京は31.5で最下位でなく42位となる。都心3区(千代田区・港区・中央区)に限定すると、値は41.7で2位になる(1位は沖縄の48.9)。
相対的に高齢化率が高い地方より都市部の方が出生数も多い。若い世代が集中する都市部での子育て環境がドメイン投票方式で一層改善すれば、出生数の減少スピードに一定の歯止めをかけられるかもしれない。
選挙制度ではほかに被選挙権の年齢引き下げなどの議論もある。もっとも、まだ生まれていない将来世代の利益も重要である。選挙制度とは別に、世代の利害を超えた理性的な意思決定を有権者に働きかける方法も考えられる。オランダの経済政策分析局や英国の予算責任庁のように、財政の長期推計や世代会計の公表などを担う独立財政機関の設置が検討課題となる。
スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセットは「大衆の反逆」でこう主張した。「民主主義は、その形式や発達程度とは無関係に、一つのとるにたりない技術的細目にその健全さを左右される。その細目とは、選挙の手続きである。それ以外のことは二次的である。もし選挙制度が適切で、現実に合致していれば、なにもかもうまくいく。もしそうでなければ、ほかのことが理想的に運んでも、なにもかもだめになる」
超高齢化社会の到来はこれからである。財政や世代間格差の問題解決もますます重要となる。意思決定の土台となる民主主義のあり方についても、今から十分に議論を深めておく必要があるだろう。