政策提言  グローバルエコノミー  2024.09.05

コメ不足に対する緊急政策提言

制度・規制改革学会(2024年9月2日)に掲載

農業・ゲノム

山下研究主幹が農業林業分科会会長を務める制度・規制改革学会は、『コメ不足に対する緊急政策提言』を発表しました。


主食であるコメの値段が上がっており、棚からコメが消えたスーパーもある。それなのに、コメ不足を認めない農林水産省は100万トンもある備蓄米の放出を拒否している。しかし、コメが消費者に十分に届いていないことは事実であり、政府は備蓄制度の本旨に則り速やかに備蓄米を放出して、上昇しているコメ価格を鎮静させ、国民の不安を払拭すべきである。

コメ不足の背景

コメ不足の原因として、猛暑の影響で割れたり白濁したりしたコメを流通段階で取り除いたので消費者への供給量が少なくなったことや、外国人観光客の増加などでコメの需要が増加したことがあげられているがその影響は小さい。農林水産省は9月になると新米が出回ると言うが、今年の不足分を先食いすると来年の7~8月の端境期には再び不足が生じる可能性が大きい。

農林水産省とJA農協は、コメの需要が毎年10万トンずつ減少するという前提で減反(生産調整)を進めてきた。猛暑以前の問題として、作年(2023年)産のコメの供給量は前年に比べ10万トン減少させていたのである。農林水産省やJA農協による減反の強化で、この2年間に米価は2割上昇した。来年はさらに3割上昇して食管制度時代の米価に近づき、コメの取引手数料に依存する農協にとっての大きな利益となる。今回の米不足でも備蓄米を放出しないのは、米価下落を防ぐ生産者保護政策である。かつて政府は米価が低下した際、市場から備蓄米として一定量を買い上げ隔離して米価を支えたことがあったが、今回はその逆のケースといえる。

減反政策の非国民性

減反は、国民の税金から約3,500億円の補助金を出してコメの生産量を制限し、米価を上げるというものである。2018年に安倍政権で「減反廃止」したと称したために一部誤解があるが、主食用米の生産を減らすために補助金を出す制度自体は維持・強化されている。備蓄も米価維持のため20万トンのコメを市場から買い上げ隔離するもので、毎年500億円ほど財政負担がかかっている。米価が高いので輸入せざるをえないミニマムアクセス米に500億円。国民は合計4,500億円を毎年納税者として負担して、かつ消費者として高い米価を払うことで二重の負担を強いられている。

減反は水田面積の4割に及ぶ。また、コメの面積当たり収量(単収)を増加させる品種改良もタブーになった。今では、カリフォルニアのコメ単収(生産性)は日本の1.6倍、1960年頃は日本の半分しかなかった中国にも追い抜かれている。

仮に、日本の水田面積の全てにカリフォルニア米ほどの単収のコメを作付けすれば、長期的には1,7001,900万トンのコメを生産することができる。単収が増やせない短期でも、900万トン程度のコメは生産できる。ところが、JA農協と農林水産省は、主食用のコメの生産量を650万トン程度に抑制することを目標にしている。1960年から世界のコメ生産は3.5倍に増加しているのに、逆に日本は補助金を出して4割も減少させた。

減反はJA農協発展の基礎である。米価を高く支持したので、コストの高い零細な兼業農家が滞留した。彼等は農業所得の4倍以上に上る兼業収入(サラリーマン収入)をJAバンクに預金した。また、農業に関心を失ったこれらの農家が農地を宅地等に転用・売却して得た膨大な利益もJAバンクに預金され、JAは預金量100兆円を超すメガバンクに発展した。減反で米価を上げて兼業農家を維持したことと、JAが銀行業と他の事業を兼業できる日本で唯一の法人であることとが絶妙に絡み合って、JAの発展をもたらした。

減反廃止と直接支払いでコメ不足解消と食料安全保障の確立を

減反政策は、消費者に大きな負担を課す農業保護政策である。EUは農家の所得を保護するために、日本のような高価格維持ではなく、農家への直接支払いという政府からの交付金に転換している。米価を下げても主業農家に直接支払いをすれば、主業農家だけでなくこれに農地を貸して地代収入を得る兼業農家も利益を得る。減反を止めてコメの生産量が増加すれば農村の雇用機会も増え、地域の振興にも役立つ。

減反を止めれば、コメ不足は解消できるだけでなく食料安全保障にも貢献する。国内で1,700万トン生産して1,000万トン輸出していれば、国内の需給が増減したとしても輸出量を調整すればよいだけである。平成のコメ騒動も冷夏が原因と言われているが、根本的な原因は減反のやり過ぎである。当時の潜在的な生産量1,400万トンを減反で1,000万トンに減らしていた。それが不作で783万トンに減少した。しかし、通常年に1,400万トン生産して400万トン輸出していれば、冷夏でも1,000万トンの生産・消費は可能だった。

コメの輸出が着実に増えている。今ではカリフォルニア米との価格差はほとんどなくなり、日本米の方が安くなる時も生じている。減反を廃止すれば価格はさらに低下し、輸出は増える。国内の消費以上に生産して輸出すれば、その作物の食料自給率は100%を超える。上記の場合、コメの自給率は243%となり、全体の食料自給率は60%以上に上がる。

最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止によるコメの増産と輸出である。平時にはコメを輸出し、食料危機時には輸出に回していたコメを食べるのである。平時の輸出は、財政負担の必要がない無償の備蓄と同じ役割を果たす。4,500億円の財政負担は解消される。主業農家への直接支払いは1,500億円で済む。国民は納税者としての負担を減少し、なおコメを安く消費できる。

小麦等の穀物に比べ、コメの国際市場は、貿易量が生産量に比べ少ないばかりか、上位の輸出国が頻繁に輸出制限する極めて不安定な市場である。また、輸入国もフィリピンなど途上国が多い。日本が1,000万トンのコメを安定的に輸出すれば、世界の首位を争う輸出国になり、世界の食料安全保障に大きく貢献する。

コメの減反廃止と輸出の増加は、経済安全保障として指摘される「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」を同時に達成する、日本経済再生への切り札ともなる。


(注)「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」

「戦略的自律性」とは、国民生活や社会経済活動の維持に不可欠な基盤を強靱化することにより、いかなる状況下でも他国に過度に依存せず、正常な国民生活と経済運営という安全保障の目的を実現すること。「戦略的不可欠性」とは、国際社会全体の産業構造の中で、自国の存在が国際社会にとって不可欠な分野を戦略的に拡大することであり、自国の長期的かつ持続的な繁栄および国家安全保障を確保することである。