メディア掲載  外交・安全保障  2024.08.30

全て政治はローカルなのか?

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2024822日付)に掲載

国際政治・外交

先週から1週間休みを頂き米国に来ている。毎日のように、日米間のギャップの大きさを改めて痛感している。

例えば、今日もドジャース専門テレビチャンネルで大谷翔平の活躍を見た。米国ドジャースファンの関心はもちろん、試合の勝敗だ。ところが、日本では勝敗よりも「大谷、全30球団制覇」「2戦連続39号先制ソロ」が大見出しとなる。

日本では14日の岸田文雄首相の不出馬表明後、自薦他薦の有力候補者が多数名乗りを上げ、自民党総裁選は本格化しつつある。だが、これを大きく報じる米国メディアは少ない。19日からの民主党全国大会で、ハリス、ウォルズ正副大統領候補の民主党が内政的活気を取り戻したからだ。トランプ陣営も必死で巻き返すだろうから、11月の米大統領選は、文字通り、血みどろの熾烈な戦いとなるだろう。

こうした日米ギャップの原因を考えていたら「オール・ポリティックス・イズ・ローカル」という格言を思い出した。有名な米国議会政治家の名言で、直訳すれば「およそ政治はローカル」となる。筆者は「政治を決めるのは国際問題ではなく、国内問題」という意味だと理解している。

でも、これって本当にそうなのかね?筆者は疑問だ。岸田外交を国内政治の視点で論評する記事の典型例が「対中停滞、拉致進展せず 岸田外交、積み残し多く」と題する次の記事である。岸田首相は「外相経験を生かし首脳外交に力を入れた。日米同盟の一段の深化や日韓関係正常化に一定の道筋を付けたが、中国との関係は滞り、北朝鮮による日本人拉致問題は進展を見ないまま。積み残された課題は次期首相に引き継がれる」などと、あるメディアは論じている。

しかし、同記事を米国で読むと岸田外交の評価はこれと正反対になるから不思議だ。

  • 岸田首相は、前任の安倍晋三、菅義偉両首相と共に、現在の国際安全保障環境の下で、日本の戦略的利益を正確に理解しただけでなく、その国益を最大化するための正しい政策を立案・実行した。
  • 中でも国家安全保障3文書や国内総生産(GDP)比2%の防衛費など、安倍首相ですら実現が難しかった諸政策を決断・実行した。
  • 韓国との関係を正常化し、日米韓3国の連携・協力も進展させた。
  • 最近では、在日米軍の統合司令部化や日米間の武器相互供給など顕著な実績もある。

これだけでも岸田外交の成果は、誇張でなく、歴史的なものだと筆者は考える。「積み残し多く」「道半ば」だとの批判もあるが、

  • 中国との対話は必要だろうが、日本の国益を犠牲にしてまで訪中する必要はないし、
  • ウクライナ侵略中のロシアとの関係正常化は難しく、
  • 拉致被害者帰還は最優先だが、交渉には相手がある。


英語にコップの水は「半分空」か「半分満杯」か、という表現がある。この言い方に例えれば、安倍・菅・岸田外交は全体として「4分の3満杯」であり、「積み残し多し」との批判は当たらない。

1カ月前、筆者は「現職指導層への逆風」について書いた。最近のIT革命は西側社会を不可逆的に変えた。労働集約型製造業は衰退し、「忘れ去られた」低学歴の労働者層の鬱積した不満が米国のトランプ現象や欧州の「極右」運動を生んだ。そして今、日本の既存政党も似たような一般大衆の不満に直面している。

1カ月前、筆者は「日本でも穏健中道勢力が凋落(ちょうらく)し、左右両極化が進む恐れ」があると書いた。今回の自民党総裁選は単なる「表紙の差し替え」ではなく、国民の苦しみを癒やし改善する意欲のある政治指導者を選ぶ選挙であるべきだ。