メディア掲載  外交・安全保障  2024.07.31

24年米大統領選挙は万華鏡

産経新聞【宮家邦彦のWorld Watch】(2024725日付)に掲載

米国

英語に「人生はローラーコースターの如し。叫ぶか、楽しむかは君次第」という名言がある。6月27日の米大統領選テレビ討論会からはや4週間、米政治評論家は連日変わる政治の「万華鏡」を覗いては一喜一憂してきたに違いない。

万華鏡の始まりは討論会でのバイデン候補の「老醜」だった。見るに堪えない醜態で、これは「ゲームチェンジャー」だと確信した。直後から選挙戦撤退を求める声が出始め、「断念しそうだ」「いや続けるらしい」といった流言飛語が連日飛び交った。

さらに万華鏡は回る。7月13日にはトランプ候補がペンシルベニア州で演説中に狙撃された。これも新たな「ゲームチェンジャー」になると確信した。射殺された犯人が凋落した工業地帯を抱える米東部・中西部出身だったことは決して偶然ではなかろう。

案の定、この暗殺未遂事件で、2日後にミルウォーキーで始まる共和党全国大会の雰囲気は一変した。暗殺を免れたトランプ候補への同情からなのか、4年前や8年前のようなトランプ候補に対する「違和感」は雲散霧消した。共和党内の政敵やライバルも異口同音にトランプ候補を称賛し始めた。これも「ゲームチェンジャー」効果だろう。

続いてトランプ候補は39歳のバンス上院議員を副大統領候補に指名する。これも「ゲームチェンジャー」だろう。同議員は1984年生まれ、母子家庭で育ち、海兵隊でイラク戦争従軍、退役後はイェール大卒弁護士、ベンチャーキャピタリスト、ベストセラー作家という、アメリカンドリームの体現者。トランプ候補にはない政治的美徳の全てを備えた彼は、トランプ一代で終わったかもしれない「トランプ運動」の有力な後継者となりつつある。

共和党大会終了後の21日、バイデン候補がようやく撤退を決意。だが、ハリス候補は「ゲームチェンジャー」となれるだろうか。そんな中、某米国有力紙からインタビューを受けた。質問は「バイデン撤退宣言」ではなく「バイデン外交」だった。拍子抜けした筆者は次の通り答えた。全ては引用されないだろうから、ここに書いておこう。

  • トランプ現象の本質は90年代以降の情報技術(IT)革命で「忘れ去られた人々」が「伝統的エスタブリッシュメント」に対し抱く憤怒である
  • されば、バイデン外交は、45年以降の一連の伝統的「国際主義」外交の最後の試みとなる恐れがある
  • トランプ候補再選なら勿論だが、仮にハリス候補が当選しても、こんな外交はもはや続けられないだろう
  • 新外交は「21世紀の新モンロー主義」、すなわち「衰えを自覚し始めた超大国が建国当初の孤立主義に復帰しようとする衝動」だから、当然一貫性のない外交となる
  • 19世紀のモンロー主義は米国が途上国だった時代の政策だが、「新モンロー主義」は、世界最強の軍事力を維持しつつも、米国がそれを選択的にしか使わない外交である
  • 米外交がかくも内向きになった最大の理由は、米国民が自信を失いつつあるからだ
  • 米国は今後も世界最強国家であり続けるが、自信を失った米国民の多くは、世界平和や民主主義拡散よりも、自分自身の生活や米国社会の行方を重視するだろう
  • この見立てが正しければ、トランプ候補の勝敗にかかわらず、次期大統領が従来の外交政策を変更する可能性はある


以上が筆者の見た万華鏡の現在の絵柄である。まさに米大統領選は「ローラーコースターの如し」。そこで「泣き叫ぶか、楽しむか」と問われれば、今後2カ月半を冷静に「楽しむ」しかないと思っている。