6月25日、「次世代原子力をめぐる研究会」田中伸男座長(元国際エネルギー機関(IEA)事務局長)と私は、ロンドンのインペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL)が主催するワークショップに参加し、日本と英国の原子力政策を議論する機会を得た。そこで多くの興味深い議論や示唆があったので以下報告する。
今回は、ICLのEnergy Future Labが“Nuclear Challenges and Opportunities-The Future of Nuclear Power in the UK-”( https://www.imperial.ac.uk/energy-futures-lab/reports/white-papers/the-future-of-nuclear-power-in-the-uk-challenges-and-opportunities/)という報告書を発表するイベントに田中座長と私が招かれ、パネルディスカッションに参加するとともに、引き続いて開催された日本の原子力政策を議論するワークショップで講演し、議論を行ったものである。英国では折しも保守党が歴史的な敗北を喫することとなる総選挙の真っただ中で、新聞報道等においても、今回選挙の大きな争点であった医療・健康保険や移民問題と並んで物価問題が大きく取り上げられ、この一環でエネルギー、特に電力価格の問題が大きく取り上げられていた興味深い時期でもあった。
両国はともにユーラシア大陸の東西の海上にそれぞれ位置し、成熟した産業を持ち、G7を構成する先進国である。エネルギー面では、従来化石燃料に大きく依存していたが、近年脱炭素に向けて舵を切っており、その中で再生可能エネルギーとともに改めて原子力に対しても大きな期待をし、政策的にも支援をしているという類似点がある。一方で、日本と異なり、英国は電力網が他国とつながり、多くの多国間電力取引が行われている。また、英国は北海油田の恩恵を受け、同油田からの石油・天然ガスなど化石燃料に大きく依存したエネルギーミックスであったが、近年急速に洋上風力を中心とする再生可能エネルギー開発を行ってきている。その結果、2020年の電力総発電量に占める再生可能エネルギーの割合は4割を超えている。脱炭素に向けた取り組みにおいても、2050年までにネットゼロを達成することを法制化するなど、日本に比べ一層意欲的に取り組んでいるといえよう。
上記ICLの報告書に沿って英国の原子力政策を含め原子力をめぐる現状を踏まえ、その課題と展望について、日本と比較しつつ簡単に振り返ってみたい。
まず、この報告書は、2024年1月、保守党スナク政権の下で発表された
Policy paperである“Civil Nuclear*Roadmap to 2050”を踏まえたものであり、英国の原子力発電について、特に、英国が炭素排出についてネットゼロを達成するために原子力発電がどのように貢献できるのかといった問題意識の下でまとめられたものである。政府のRoadmapでは現在の6GWから2050年に24GWまで原子力発電能力を拡大するとしている。
そのうえで、この報告書のメッセージは日本とも共有できる部分が多い。具体的には、英国は最近までの長い原子力発電の停滞期を経て新規原子炉の建設開始に至っているが、英国においても原子力産業人材の確保・育成は大きな課題となっており、これは報告書の第一の中心テーマである。また、同様の観点から、またコスト上の問題意識からも国際協力(第二テーマ)が、最後に確固たる政策の枠組み(第三テーマ)が重要であり必要だとしている。すなわち、現在英国の原子力産業は、ネットゼロの動きの中で、まずはコストの低減を目指すことが必要で、そのためにも人材育成、国際協力と政策の強化の3点が求められているとしている。このような大きな方向性は、日本においても異論がないものと思われる。
他方、日本との対比で違っている点も散見される。特に、次の3点を指摘しておきたい。
まず、この報告書では、原子力発電が議論され、その一環で廃炉や廃棄物処理についてもページが割かれているが、再処理を含む核燃料サイクルについては原子力の技術論を論じている以外は記述がなく、将来の英国の原子力発電に関しても、SMR等を論じてはいるものの、高速炉は含まれていない。これは、英国が、自国の使用済み燃料に関して、再処理するのではなく(少なくとも一時的には)直接廃棄処分とする方針に転換しているからで、そのためプルトニウムを燃料とする高速炉も将来の選択肢としていないからである。
また、この報告書では、いわゆるパブリックアクセプタンスに関する記述が少ない。ネットゼロに向けて原子力が重要な貢献をすることが期待されるとしつつも、総論的な分析にとどまっている感があり、国民や関係者の合意を得るためにどのようなことが必要なのかといったことにはあまり触れられていない。これは、ネットゼロに向けた世界の動きの中で、国民の間にも脱炭素への関心が高く、その一環で原子力発電についても支持する意見が強いからではないだろうか。
最後に、この報告書全体を通じてコストに対する関心が非常に高い。日本では、ともすれば原子力発電は安全性や安全保障、平和利用などといった発電コスト以外の価値も考慮されるように思われるが、この報告書はその意味でより「現実的」である。それは、英国においてここ数年の物価上昇が激しく、この点に国民の不満が集中し、エネルギーコストにも高い関心が払われているという事情があるのかもしれない。
日本の原子力政策を議論するワークショップでの議論を紹介したい。このワークショップでは、私から最近の日本の原子力政策の動向について説明したのち、田中座長から「次世代原子力をめぐる研究会」中間報告や最近までの議論について紹介し、その後私がモデレーターとなって議論を行った。フロアからの質問や議論は多岐にわたったが、特に注目されたのは次の4点である。
まず、最も質問が集中したのはSMRについてであった。これは報告書でも取り上げられているとおり、ロールスロイス社がSMRの開発を行っているせいもあると思われるが、日本では軽水炉型SMRの見通しはどうか、政府の支援は受けられるのかといったことに関心が示されるなど英国初SMRの海外市場開拓の可能性に大きな注目が集まっていることが感じられた。
次に、原子力の規制のあり方にも議論があった。特に、安全規制を行いつつ、同時に原子力産業開発やイノベーションを阻害せず、むしろ調和するような規制が求められるとの問題意識から、日本の状況を問う質問があり議論がなされた。英国においても、日本と同様、安全規制とイノベーション促進のバランスが大きな論点となっていることがうかがわれた。
人材問題についても質問があり多くの議論がなされた。英国では、原子力人材の高齢化や技術、特に暗黙知の継承が大きな問題であるが、これを産学官、さらには国際協力を通じて対応しようとしており、日本と比べよりダイナミックな解決策を模索しているように感じられた。
最後になるが、上記ICLの報告書でも強調されていることであるが、日英の原子力分野での協力の可能性についてもフロアから期待する旨の意見が表明された。
これら以外も、福島第一原子力発電所事故後の国民の原子力に対する意識や政治面での対応、福島の復興の現状等に関して質問があった。
以上がICLでのワークショップの模様であるが、英国が商業再処理事業を停止し、自国の使用済み燃料に関して直接処分とする方針に転換していることの日本への含意については非常に興味深い課題である。政府のRoadmapでは、核燃料サイクルについて、英国に経験と知見があり、国内の燃料サイクルの能力を再活性化するとしているが、ここでは核燃料供給が対象になっており、再処理については、民間企業から要望がないので、2018年に商業再処理施設を操業停止した以上国内使用済み核燃料は再処理されないという前提で対応する、また、同施設から生産されたプルトニウムの利用は支持しない、と明言している。英国では、海外の再処理施設を持たない原子力発電国からの使用済み核燃料を受け入れていた。これは、再処理を前提とする核燃料サイクルを目指す国が多かったことが背景となっているが、日本を除き多くの国がこの方針を転換しており、英国の商業再処理ビジネスはいわば顧客の多くを失って、2018年操業を終えた経緯がある。
一方で、日本は一貫して再処理を含む核燃料サイクルの確立を目指す数少ない国の一つである。青森県六ケ所村の民間再処理工場も建設の最終段階にあるとされる。先述のとおり、日本では電力網の状況、再生可能エネルギーのポテンシャル等、インフラや自然条件などの面でネットゼロ時代の基本的条件が異なるという事情もある。また、福島第一原子力発電所事故によるデブリをいかに処理するのかといった重要な課題にも応えていかなければならない。英国との対比では、脱炭素化におけるエネルギーのあり方、特に再処理やプルトニウム利用にかかわる課題は、英国と異っている。
いずれにせよ、このICLの報告書にみられるように、また、ワークショップにおける議論においても、英国では1月の政府のRoadmapを踏まえて国内の理解や議論が進んでいるように感じられた。Roadmapの中でも述べられているとおり、Roadmapの記述が原子力産業に対して将来への明確な指針を与えているのである。このように原子力発電に関して、長期的なビジョンを政府が示し、国民・関係者と議論を行うこと自身極めて意味のあることである。同時に、日本の状況を勘案しつつ、特にバックエンドの問題に関して、英国の政策決定過程や判断が与える意味を考えてみることも大きな意味があると思われる。この点は、今後の研究会で議論し将来の提言の中で研究会の考えを取りまとめたい。
最後に、日本と英国は、エネルギーや原子力に関し、ともに原子力発電の低迷期を経て脱炭素を追い風に改めて原子力発電に注目し政策支援を行い始めている。また、英国では方針変更されたものの、原子力発電の黎明期から再処理路線を長らく維持し、実際に商業再処理の経験も多く、日本の使用済み核燃料の多くを再処理してきた経緯もある。今回の英国の原子力関係者との議論を通じ、あらためてこういった意見交換の機会を持つことの重要性を再認識したところであり、これをさらに進めて幅広い協力関係が構築されることを期待する。