メディア掲載  グローバルエコノミー  2024.05.30

農家は貧しい弱者なのか

商工ジャーナル20246月号)「観天望気」掲載

農業・ゲノム

1999年制定の“食料・農業・農村基本法“が見直される。農林水産省は「食料安全保障のためだ」と言う。しかし、これまでも巨額の国費が農業に投じられてきたのに、食料自給率は下がる一方だ。台湾有事で輸入が途絶すれば、現状では半年もたたないうちに全ての国民が餓死する。

水田の4割に及ぶ減反を廃止し、コメの生産を拡大して輸出を増加すればどうか。危機時には輸出したコメを食べれば飢餓を免れる。3500億円の減反補助金はなくなり、さらに二毛作を復活すれば40%を切った食料自給率は70%以上に引き上げられる。

しかし、この簡単な食料安全保障政策が実現されない。農業界は減反廃止で米価を下げれば農家所得や農家戸数が減少するのではないかと恐れるからだ。特に、多額の兼業所得を預金してくれる零細多数の兼業農家がいなくなれば、JAバンクの収益は減少する。低い食料自給率を強調するのも、6割も海外に食料を依存していると聞くと、国民が農業予算を増やそうと思ってくれると期待してのものだ。むしろ食料自給率が上がると都合が悪い。60年から世界のコメ生産は3.5倍に拡大しているのに、日本は米価維持のために累計10兆円の補助金で4割も減らした。農林水産省は国民を飢えさせないことより、農家所得を優先させてきた。

兼業化が進み農家所得は65年以降勤労者世帯を上回っている。年による変動はあるが、酪農や養豚のように2千万円近い所得を実現している業種もある。しかし、農家が貧しい弱者であると主張することは予算獲得に都合がよい。

1900年に農商務省(当時)に入った柳田國男は言う。「世に小慈善家なる者ありて、しばしば叫びて曰く、小民救済せざるべからずと。予を以て見れば是れ甚だしく彼らを侮辱するの語なり。予は乃ち答えて曰わんとす。何ぞ彼等をして自ら救わしめざると。自力、進歩共同相助是、実に産業組合(農協)の大主眼なり」。小農を救済すべきだと言うことは、彼らを侮辱することだと言い、農家の自助を強調したのだ。

しかし、彼の後輩たちは“小慈善家”となってしまった。決まり文句は「農業は工業と違う(だから保護が必要だ)」。農家が弱者であることは、農林水産省やJA(農協)だけでなく大学農学部の組織維持にも必要だった。農家も困ると自ら努力するのではなく政府に陳情するのが当たり前になった。

しかし、柳田は、農業も工業も経済活動を行うという根本の点で異なるものではないと主張する。工業との違いを強調することが農業発展を妨げた。九州ほどの面積しかないオランダが世界第2位の農産物輸出国に発展したのは、農業省を廃止して経済省に統合したからだ。

しかし、最近では農業者に変化がみられる。2014年、米価が下がったとき、ある女性農業者は「弱音を吐いて誰かに助けを求めているようでは、農業は人から憧れられるような職業にはならない」と言い切った。さて農林水産省は変われるのだろうか?