今週は東アジアの興味深い一角に来ている。人口は1700万人で平均年齢は32歳強、ドローン生産量は世界最多レベル、年間300万台の電気自動車(EV)など「新エネルギー車」を供給する、今や世界のハードウエア・サプライセンターとなりつつある地域。ここがどこか、お分かりだろうか。
実はこの原稿、中国南部広東省の深セン市で書いている。深センといえば香港の北に位置し、1978年以来、かつての中国最高実力者・鄧小平の号令の下、経済特区として国有企業抜きの市場経済で大成功した地域。久しぶりの中国出張でぜひとも訪れたかった世界最大の都市圏「珠江デルタ」の一角だ。筆者が深センにこだわった理由はこうだ。
森羅万象が政治的意味を持つ中国で、深センはおそらく最も純粋な形の自由資本主義経済が躍動する街だ。北京のような政治的忖度は不要、上海のような優越意識もないこの街は、24時間365日、商売のことばかり考える中国人企業家の集合体と思えばよい。
地元出身者は少なく、大半が今も中国中から集まり続ける野心ある若者・元若者だから、当然平均年齢は若い。しかも、基本ルールは資本主義自由競争だから大量解雇も頻繁だ。それでも、いや、だからこそ、成長に不可欠な資本と労働力と技術が集中する深セン経済は発展を続けるのだ。なるほど、広東省一つで韓国を超える域内総生産を誇っているのも頷ける。
深センは北京、上海、杭州など他のハイテク・センターとは一味違う。有名大学の多いAIの北京、金融とITが融合するフィンテックとエンタメの上海、アリババの杭州とは違い、深センを含む広東省の珠江デルタ地帯には広大な裾野を持つ製造業が存在する。深セン市内の一角には巨大な「秋葉原」があり、電子部品、スマートフォン、ドローン、ヘアドライヤーなど、ありとあらゆる電気製品を扱う小店が軒を並べる。激安の偽物も多いが、その種類の多さや性能の高さには圧倒される。ここに連日アフリカ、中東、インド系などグローバルサウスからバイヤーが集まる。深センは製造、販売、梱包、海外発送業者が共存共栄する街なのだ。
安かろう、悪かろう、だけではない。深センには世界有数のEV産業も育っている。地価の高い深セン市内から1時間ほどで広大な敷地に建つ中国EV最大手「比亜迪」(BYD)の本社に着いた。EVの技術以上に圧倒されたのは同社の経営姿勢だ。90年代に携帯電話の薄型電池開発・製造から始まった同社は、化石燃料の枯渇や環境問題を見据え、政府に頼らず、早くから市場の需要を予測して戦略的経営を進めてきた。まだ技術的制約はありそうだが、少なくとも「ぽっと出」のEV企業ではないと直感した。
このおそるべき街で在広州総領事館の支援もあり、日中2人の企業家に出会った。一人は日本企業の現地代表・高須正和氏、電子部品からハイテク製品まで、その専門知識の豊富さには文字通り圧倒された。もう一人は横浜国立大で金融技術を学んだ中国の福建人で、ハイテク産業に詳しい傅浩豊(ふこうほう)氏。この2人の共通点は、日中のスタートアップ連携で世界を牽引するという深セン的野心を心底楽しんでいることだ。
考えてみたら、製造業国家日本にとって珠江デルタほど親和性の高い場所はないだろう。中国各地から発明家、製造業者など「一発当てたい」野心ある若者が多数集まり、古い因習や政治に囚われない形で、ギャンブルに近いほど自由な資本主義を実践している。おそらく戦後の日本もこうだったのだろう。深センに「政治」の波が押し寄せる前に、日中スタートアップが成功すれば良いのだが…。