ワーキングペーパー  グローバルエコノミー  2024.05.20

ワーキング・ペーパー(24-009E)Housing Bubbles with Phase Transitions

本稿はワーキングペーパーです。

経済理論

バブルという言葉は、マスメディアでは頻繁にみられるものの、主流のマクロ経済理論では、バブルはそもそも生じない、たとえ生じる場合であっても、それは特殊な状況下のみである、という見方が支配的だ。実際、1997年にEconometricaに掲載されたSantos and Woodfordの論文は、バブル不可能性定理を証明した。この論文がマクロ経済理論に与えている影響は非常に大きい。実際、意識しているにせよ、していないにせよ、現代マクロ理論は彼らのバブル不可能性定理と整合的に構築されている。彼らの定理が示唆しているのは、合理的な経済主体を考える限り、株式、土地、住宅と言った実物資産にバブルが起こることを理論的に証明することは根本的に難しいということである。現状では、標準的なマクロ経済理論では、実物資産のバブルを考える理論的枠組みがそもそもないと言ってよい。こうしたことから、主流のマクロ金融理論では、株価、地価、住宅価格などの資産価格は常にファンダメンタルズ価値を反映しているはずだという固定観念があるように見える。事実、大学や大学院で金融理論を教える際には、資産価格は常にファンダメンタルズ価値に等しくなる場合のみを教えるのが通例であり、加えて、主流のマクロ金融理論では、資産価格は常にファンダメンタルズ価値と等しい。
こうした主流の見方を根底から変える理論を提示したのが、Hirano and Toda (2024) "Bubble Necessity Theorem," Journal of Political Economy近刊論文である。Hirano and Toda (2024)は、資産価格バブルは避けられず必然となることを現代マクロの代表的な枠組みで証明した。論文のタイトルも、バブル必然性定理である。本稿は、Hirano and Todaが提示したバブル必然性という概念と物理学の相転移という概念と結びつけた。テーマは住宅バブルである。マクロ経済学の代表的なモデルである世代重複モデルを用い、主に三つ結果を示した。

一つ目の結果は、住宅購入者の所得上昇に伴って(経済発展に伴って)、二段階の相転移を経て、住宅バブルが必然的に生じることを示した。具体的には、住宅購入者の所得が十分に低い場合には、住宅価格はファンダメンタルズ価値に等しい。所得が上がりある閾値を超えると第一段階の相転移が生じる。すなわち、住宅価格がファンダメンタルズ価値と等しくなる均衡もあれば、バブルになる均衡も存在する。人々の期待次第でどちらに転ぶのかが決まる。この領域は人々の期待次第で住宅バブルが起こるかもしれないという意味でバブル可能性領域と言える。さらに所得が上がりより高い閾値を超えると第二段階の相転移が生じる。すなわち、住宅価格がファンダメンタルズ価値に等しくなることはあり得ず、唯一起こり得る均衡は住宅バブル均衡のみとなる。マクロ経済がこの住宅価格バブル必然領域に突入すると、住宅価格は住宅から得られる賃料よりも早いスピードで上昇していき、住宅価格ー賃料比率は発散的に上昇していく。さらに、たとえ住宅購入者の所得が低くても、住宅ローンが組みやすい環境になると、住宅バブルが起こりやすくなることも証明できる。

二つ目の結果は、人々の将来予想によって生み出される住宅バブルとその崩壊である。すなわち、たとえ住宅購入者の今の所得が低かったとしても、将来、所得が上がるという予想が生じると、現時点で、住宅価格にはバブルが乗り、住宅価格ー賃料比率、住宅価格ー所得比率は上昇し始める。住宅価格は賃料や所得よりもより早いスピードで上がっていくため、マクロ経済は、あたかも維持不能な経路を走っているように見える。仮に将来、予想したような所得上昇が起こらないことが分かると、予想が裏切られ、その時点で住宅バブルは崩壊し、急激に住宅価格ー賃料比率、住宅価格ー所得比率は下がり始める。

三つ目の結果は次である。大学院で最初に勉強する代表的なマクロモデルとして、Diamond(1965)モデルがある。ある条件下では、均衡において、動学的非効率性が生じ、自由放任の競争経済は必ずしも望ましい結果をもたらさないことを証明した論文だ。ところが、土地などの再生産できない資産があると(non-reproducible assetと呼ばれる)、土地が高利回りの貯蓄手段として機能し、この結果は実は成り立たないことが知られている。言い換えれば、土地があるライフサイクルモデルでは、均衡において、動学的効率性が達成される。Diamond(1965)は土地がない仮想的な世界を考えたが、言うまでもなく、現実経済では、土地は常にある。Hirano and Todaの論文が示したのは、住宅(モデルでは土地と同じ役割を果たす)があるライフサイクルモデルであっても、自由放任経済は必ずしもパレート最適な結果をもたらさず、動学的非効率性が発生するという結果である。具体的には、バブル可能性領域において、住宅価格がファンダメンタルズと等しくなるときには、住宅は実は低利回りの資産となってしまい、その結果、動学的非効率性が発生する。他方で、住宅にバブルが乗ると、住宅は高利回り資産として機能し、動学的効率性が達成される。


なお、バブルと言うと貨幣を思い浮かべることがある。貨幣との違いをひとこと言及しておこう。貨幣はファンダメンタルズ価値がゼロの純粋バブルである。価格ゼロにもなりえるし、いずれ価格ゼロに向かうこともあり得るし(ファンダメンタルズ価値に等しくなる)、ずっと正の価格が付くこともあり得る。バブルが起こる必然性はない。それに対して、実物資産を考えたとき、バブル必然性が意味するのは、ファンダメンタルズ価値に等しくなる、いずれ等しくなるということは起こり得ず、資産価格は常にファンダメンタルズ価値から乖離する場合しか起こり得ないということである。このバブル必然性という見方を現代マクロ理論の枠組みの中で証明することは、資産価格はファンダメンタルズ価値に等しくなるはずだという固定観念は根本的に間違っていることを示唆する。詳しくはHirano and Toda (2024) "Bubble Necessity Theorem," Journal of Political Economy近刊論文を参照。また、貨幣の純粋バブルと実物資産バブルでは、得られる経済学的知見、含意が劇的(不連続的)に異なる点も言及しておこう。詳しくは別の機会に譲る。

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