メディア掲載  グローバルエコノミー  2024.05.08

食料・農業・農村基本法見直し(3)逆流する農政

週刊農林(20244月15日発行)に掲載

農業・ゲノム

農水省は「生産コストが増加してもデフレにより価格を上げることができないので、適正な価格形成が必要だ」と言う。では、デフレが解消されれば、基本法に導入した適正な価格形成の規定は削除するのか?逆に資材や飼料の価格が低下したら、農産物価格を下げるよう農家に指示するのか?適正な価格形成論は、食料品価格上昇に直面しているフードバンクやこども食堂に依存している人たちをさらに苦しめる。政府全体の物価対策とも整合しない。

小麦、バター、牛肉のように、消費者は国産品の高い価格を維持するために、輸入品に対しても高い関税を負担している。国産品価格と国際価格との差を財政からの直接支払いで補てんすれば、消費者は、輸入品の消費者負担までなくなるというメリットを受ける。少ない国民負担で農業に対して価格支持と同様の保護を行える。

直接支払いが価格支持より優れていることは、世界中の経済学者のコンセンサスである。市場価格より高い価格を農家に保証することで生じる過剰を処理するために、さらに財政負担が必要となる。これに気付いたEU1993年価格支持から直接支払いに移行した。それなのに、日本の農業経済学者の中には、適正な価格形成論を支持したり、高い関税による保護は無視して財政負担だけの比較で日本の農業保護は少ないと主張したりする人がいる。ある農協系の研究者は私の主張を古い経済学だと批判した。それなら、価格支持や減反を正当化する新しい経済学を教えてほしいものだ。

しかし、農業経済学者全員がそうではない。私が、減反廃止による米価低下と主業農家に限定した直接支払いで米農業の構造改革を進めるべきだと小倉武一の研究センターで発表した際、そこに集まった農業経済学の大御所の方々はこの案に賛同され、その後熱心に支持していただいた。この励ましがなければ25年も同じ主張を続けられなかっただろう。

1995年の食管制度廃止後も、減反で供給を減少させ高米価を維持することを選択してしまった。今は、減反によって事前に過剰米処理をしている。EUと異なり、日本には、高米価で発展してきたJAの存在があった。適正な価格形成論は食管制度の米価算定方式への先祖返りである。JAが農家に高い肥料等の資材を販売しても全て米価に反映され、米価は上昇した。JAは高い資材価格と高い米価によって二重に高い販売手数料収入を得た。JAは米肥農協と呼ばれた。

酪農が発展したのは、加工原料乳の不足払いで価格を抑え消費を減少させなかったからだ。逆に価格支持で米は衰退した。私が減反廃止と言った際、省の大先輩から「君は旗を立てたぞ」と言われた。既得権者の言うことを聞かなければ省内の出世も危うい。相当な度胸がいるだろうが、農水省はそろそろ農業の利益を優先してはどうだろうか?

(つづく)